竹島町(読み)たけじまちよう

日本歴史地名大系 「竹島町」の解説

竹島町
たけじまちよう

[現在地名]大垣市竹島町

大垣城の南東に位置する町家地域で、美濃路の両側町。北東の本(ほん)町を南下する美濃路は同町南端で右折して当町に入り、左折・右折を経て、大垣城南(みなみ)口に至る。北を外堀、南を竹島町南総堀(牛屋川)が限る。もとは南頬(みなみのかわ)村のうちで、永禄六年(一五六三)大垣城主氏家卜全が城郭を拡張した際に、伊勢(いせ)町の住人沼波玄古が取立てた古来町の一つ(大垣八幡宮古記録)。


竹島町
たけしまちよう

[現在地名]中央区日本橋茅場町(にほんばしかやばちよう)二丁目・八丁堀(はつちようぼり)一丁目

北島(きたじま)町の東、町奉行与力同心組屋敷に囲まれた一画(現日本橋茅場町二丁目)と、亀島(かめじま)橋の西、八丁堀与作(はつちようぼりよさく)屋敷・金六(きんろく)町・水谷(みずたに)町辺りに飛んだ小さな一画(現八丁堀一丁目)からなる。北島町同様寛永江戸図では武家屋敷と寺地、以後は武家地で、元禄年間(一六八八―一七〇四)に町屋となった(沿革図書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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