米倉忠仰(読み)よねくら ただすけ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「米倉忠仰」の解説

米倉忠仰 よねくら-ただすけ

1706-1735 江戸時代中期の大名
宝永3年生まれ。父は甲斐(かい)(山梨県)府中藩主柳沢吉保(よしやす)。米倉昌照(まさてる)の養子となり,正徳(しょうとく)2年下野(しもつけ)(栃木県)皆川藩主米倉家4代。享保(きょうほう)7年米倉家ゆかりの武蔵(むさし)金沢(神奈川県)にうつり,金沢藩主米倉家初代。1万2000石。日光祭礼奉行,大坂加番をつとめた。享保20年4月8日死去。30歳。初名は保教(やすのり)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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