米村広治(読み)よねむら ひろはる

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「米村広治」の解説

米村広治 よねむら-ひろはる

1643-1728* 江戸時代前期-中期の民政家。
寛永20年生まれ。因幡(いなば)鳥取藩士。在方吟味役となり定免(じょうめん)(請免(うけめん))制を実施して藩財政を安定させた。また弓浜半島米川(よねがわ)用水を開削して砂地新田をひらいた。宝永3年郡代,物頭となった。享保(きょうほう)12年12月14日死去。85歳。通称は所右衛門,所平。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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