デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「米良東嶠」の解説 米良東嶠 めら-とうきょう 1811-1871 江戸時代後期の儒者。文化8年9月4日生まれ。豊後(ぶんご)(大分県)日出(ひじ)藩士。帆足万里(ほあし-ばんり)に師事し,帆門十哲のひとり。藩校致道館督学となり,のち家老にのぼった。明治4年3月2日死去。61歳。名は倉。字(あざな)は子庾。通称は倉次郎。著作に「孫子纂註(さんちゅう)」など。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
367日誕生日大事典 「米良東嶠」の解説 米良東嶠 (めらとうきょう) 生年月日:1811年9月4日江戸時代末期;明治時代の豊後日出藩家老;藩儒1871年没 出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報