粟田部村(読み)あわたべむら

日本歴史地名大系 「粟田部村」の解説

粟田部村
あわたべむら

[現在地名]今立町粟田部

武生盆地の孤立丘陵行司ぎようじヶ岳(三里山)東南麓の在郷町で、東方に放射状に連なる月尾つきお水間みずま服部はつとり、および河和田かわだ(現鯖江市)の各谷の村々および池田いけだ(現池田町)物資集散地として発達した。江戸時代には福井藩領。地名は、継体天皇(男大迹王)が住したとの伝承により「男大迹辺おおとべの里」の訛ったものとも、また古代の岡本郷に戸主粟田鯛女などの氏姓がみえることから中央氏族粟田臣一族の部曲と関係があるとも(岡本村史)している。文明年間(一四六九―八七)と大永年間(一五二一―二八)大滝寺々庫収納田数帳(大滝神社文書)に地名がみえ、大永の田数帳には「粟田部索麺屋」「粟田部はい屋」「粟田部土器屋」などと記され、いずれも大滝おおたき寺の年貢賦役を務めている。

村高は、粟田部村古記録抜書覚帳(木津家文書)によると天正三年(一五七五)佐々成政検地で一一三八・五石が打出され、慶長三年(一五九八)の検地で一六六八・八石に改められたといわれるが、同一一年頃の越前国絵図では一六三三・三石、正保郷帳でも同高で、元禄一三年(一七〇〇)の土目録(今立町役場文書)で初めて上記の一六六八・八石になった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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