綱取城跡(読み)つなとりじようあと

日本歴史地名大系 「綱取城跡」の解説

綱取城跡
つなとりじようあと

[現在地名]北塩原村北山

土合どあい集落の北東、大塩おおしお川の谷口右岸、比高約一三〇メートルの要害ようがい山の山頂に位置し、漆沢村うるしざわむら館ともいう。本丸、本丸に西隣する二の丸および本丸東方の空堀を隔てた外郭とからなる梯郭式の山城で、西方山裾には城主の居館跡がある。明応九年(一五〇〇)一月、蘆名盛高に攻められた中野なかの(現会津若松市)館主松本対馬は当城に逃込んだ。しかし盛高は「同十五日ニうるしへおしよせ、つなとりのちやう御まかれ」たため、「二月五日ニたておち、六日ニつしまとの生涯畢」となった(「塔寺長帳」同年条裏書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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