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織田信邦 おだ のぶくに

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

織田信邦 おだ-のぶくに

1745-1783 江戸時代中期の大名。
延享2年生まれ。幕府の高家(こうけ)織田信栄(のぶよし)の4男。織田信富(のぶよし)の養子となり,明和元年上野(こうずけ)(群馬県)小幡(おばた)藩主織田家7代。山県大弐(だいに)門下の吉田玄蕃(げんば)を家老に起用,藩政の改革にあたらせる。大弐の兵学講義がもとで藩内抗争がおき明和事件に発展,4年蟄居(ちっきょ)となる。天明3年7月8日死去。39歳。通称は五百八。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

織田信邦

没年:天明3.7.8(1783.8.5)
生年:延享2(1745)
江戸中期の大名。上野国甘楽郡の小幡藩(群馬県甘楽郡)藩主。父は幕府高家の信栄。明和1(1764)年,小幡藩主織田信富の養子となり,襲封。美濃守。山県大弐門下の吉田玄蕃を家老に登用して藩政の刷新を図った。大弐と交友関係にあった信邦は,彼に藩士たちへ兵学を講義させた。のち大弐,藤井右門らが甲府・江戸城の攻防などを論じたことから,それが陰謀を企てているとされて,明和事件に発展。幕府から咎めを受けた信邦は,4年実父の信栄と共に蟄居を命じられ,養子信浮は出羽国高畠(山形県東置賜郡高畠町)に移封された。

(長谷川成一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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