能登街道(読み)のとかいどう

日本歴史地名大系 「能登街道」の解説

能登街道
のとかいどう

能登名跡志」には津幡つばた通と記される。北陸街道の追分宿の津幡宿(現津幡町)から河北かほく潟北東岸を北上し、加茂かも村・能瀬のせ(現同上)から指江さしえ村・狩鹿野かるがの村・宇野家新うのけしん(現宇ノ気町)を経て、内灘うちなだ砂丘の裏側に位置する木津きづ(現七塚町)をさらに北上し、高松たかまつ(現高松町)から能登と加賀の郡境である大海おおみ川を歩渡りして、今浜いまはま(現押水町)に達した。

高松村と今浜村宿駅で、寛文六年(一六六六)には高松五四疋・今浜四一疋の伝馬が常備され、今浜は内浦街道と外浦街道の追分宿であった(「宿方馬数之覚」加賀藩史料)。津幡宿から高松宿まで約三里。明和九年(一七七二)駄賃は本馬一〇二文・軽尻六四文・人足五一文であった(「諸事留書」高松町史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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