臥竜山
がりゆうざん
小山村東部。現小山町・南原町の境をなす。東北部の臥竜山、南西部の城山に分れ、低い尾根で接続している。標高約四七二メートル。東は百々川右岸の須坂扇状地の扇頂部。南の山下を市川が限る。全くの独立した小山で、目標を示す絶好の山であり、盛土・葺石の全壊古墳が点点とある。明応二年(一四九三)東部南麓東谷に創開された興国寺の山号が臥竜山である。
城山は南面は急崖、特に南東隅城鼻は断崖をなす。頂上の小平地から三段の曲輪がある。堀切は東に一、西に二ある。西北山下臼屋方面が追手であろうか。諏訪御符礼之古書(諏訪大社上社文書)応仁二年(一四六八)五月会の条に、「左頭、須田、右京亮雅政初当候、(中略)、五月廿三日、井上方ト須田弓矢出来之間、御符入候須田郷中江寄来候云々、井上方打負多打死候」とある。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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