自公民路線(読み)じこうみんろせん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「自公民路線」の意味・わかりやすい解説

自公民路線
じこうみんろせん

1980年代末から 90年代にかけて,与党自民党は円滑な国会運営をはかるため,中道勢力としての公明党民社党を取込む動きを強めた。一方,公明・民社の両党も,それまでの社公民路線に不満をもっていたため,自公民路線は選挙協力から政策協定にまで及ぶ強固なものになっていった。 92年の PKO協力法成立は自公民路線の成果の表れともいえるものであったが,93年の政界変動に際して公民,民社は,「非自民」連立政権を成立させたことにより,自公民路線は解消した。

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