コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

自由タイ運動 じゆうタイうんどう Free Thai Movement

2件 の用語解説(自由タイ運動の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

自由タイ運動
じゆうタイうんどう
Free Thai Movement

第2次世界大戦中,タイで対日協力に反対して組織された反日運動。 1944年自由タイ政権を樹立したが,47年軍部クーデターで崩壊。以来,地下運動に入り,指導者プリディー・パノムヨンはこのとき中国へ亡命した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

自由タイ運動
じゆうたいうんどう

第二次世界大戦中に、タイ国内と国外で連係工作した抗日情報活動。1942年春に駐米タイ国公使が在米タイ人留学生を指導して運動を組織、同年6月に在英学生が同じ組織を結成し、タイ国内でも8月に摂政(せっしょう)プリディが率いる地下組織が発足した。米英両軍所属の運動工作員は、43年夏までにインドのカルカッタ(現コルカタ)と中国雲南省の昆明に進駐し、同年秋から数隊に分かれてタイ国内へ潜入、国内組織と協力してタイ駐留日本軍の情報を連合軍へ打電した。プリディは中国華南に抗日自由タイ政権を樹立する計画と連合軍の進撃に備えて、国内で武装蜂起(ほうき)する計画を説いたが、ドゴールの自由フランス運動をまねた上記の計画について、連合軍側の許可を得られないうちに終戦を迎えた。45年10月連合軍占領下のバンコクで約8000人の自由タイ部隊は自主的に解散した。当時の欧米留学生だった幹部隊員のなかには、戦後タイの政財界指導者となった人物が多い。[市川健二郎]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

自由タイ運動の関連キーワード第2次世界大戦パデレフスキ欧州大戦世界大戦福祉社会第三次世界大戦秘史マルヌ会戦リベラル党《第2次世界大戦》ロンドン協定(第2次世界大戦)

今日のキーワード

平野美宇

卓球選手。2000年4月14日、静岡県生まれ、山梨県育ち。3歳で卓球を開始。07年に小学1年生で全日本選手権大会バンビの部優勝、09年に小学2年生で同大会ジュニアの部初出場を果たし、注目を集めた。13...

続きを読む

コトバンク for iPhone