興京老城(読み)こうけいろうじょう

日本大百科全書(ニッポニカ)「興京老城」の解説

興京老城
こうけいろうじょう

中国、(しん)の太祖ヌルハチ居城の地。その城跡は遼寧(りょうねい/リヤオニン)省新賓(しんひん)県老城にある。ヌルハチは1603年ここに築城し、以来16年間根拠地とした。この間に女真族を平定し、八旗(はっき)制度を整えて、後金(こうきん)国の基礎を築くとともに、1619年にはサルフの会戦で明(みん)軍を大破して、明朝治下の遼東地方南部への進出の端緒を開いた。この城の地は本来満州語でヘトアラHetu Ala(赫図阿拉)といったが、1633年太宗ホンタイジのときに興京と改称され、1877年以後は興京老城とよばれた。なお、この城より先、1587年にヌルハチは同じヘトアラ地区に最初の居城を築いたが、これは興京旧老城と呼び習わされている。

若松 寛]

『若松寛著『奴児哈赤』(1967・人物往来社)』

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旺文社世界史事典 三訂版「興京老城」の解説

興京老城
こうけいろうじょう

中国東北地方,遼寧 (リヤオニン) 省瀋陽 (シエンヤン) 市の南東,蘇子河畔にある古城跡。満州語ではヘトアラ(横の)という
1603年に清の太祖ヌルハチが築城し,ここに国家の基礎を置いた。1634年ヘトアラを改めて興京とした。なお南方には,ヌルハチがそれ以前に築いたもう一つの老城がある。

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精選版 日本国語大辞典「興京老城」の解説

こうけい‐ろうじょう ‥ラウジャウ【興京老城】

中国、遼寧省新賓県の興京にある古城跡。一六〇三年に清の太祖ヌルハチが築城。ヌルハチはこの城を居城として明朝に対する独立を宣言した。

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