日本歴史地名大系 「芋沢村」の解説
芋沢村
いもざわむら
[現在地名]宮城町芋沢・吉成 一―三丁目・中山吉成 一―三丁目・みやぎ台 一―五丁目
永仁三年(一二九五)高柳宗信と兄行泰が父忠行の遺領について争っているが、その所領のなかに「宮城郡内山村、猪沢、暑預沢」がある(同年三月二八日「関東下知状」朴沢文書)。この「暑預沢」を当地に比定する説がある。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
永仁三年(一二九五)高柳宗信と兄行泰が父忠行の遺領について争っているが、その所領のなかに「宮城郡内山村、猪沢、暑預沢」がある(同年三月二八日「関東下知状」朴沢文書)。この「暑預沢」を当地に比定する説がある。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...