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花山院忠長 かざんいん ただなが

美術人名辞典の解説

花山院忠長

左大臣定熙の次子。慶長13年春飛鳥井雅賢、鳥丸光広、大炊御門頼国他と遊興に耽り、翌14年蝦夷地に配流せられる。寛永13年赦に遇うて武蔵に住し剃髪して浄屋という。慶安5年京師に還る。寛文2年(1662)歿、75才。

出典 (株)思文閣美術人名辞典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

花山院忠長 かざんいん-ただなが

1588-1662 江戸時代前期の公家。
天正(てんしょう)16年9月5日生まれ。花山院定煕(さだひろ)の次男。左近衛(さこんえの)権(ごんの)少将。慶長14年(1609)飛鳥井雅賢(あすかい-まさかた),烏丸光広らとともに女官と密会したことが発覚して松前(北海道)に流される。のちゆるされて武蔵(むさし)にすみ,出家して浄屋と号した。寛文2年9月26日死去。75歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典の解説

花山院忠長 (かざんいんただなが)

生年月日:1588年9月5日
江戸時代前期の公家
1662年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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