花薗町(読み)はなぞのちよう

日本歴史地名大系 「花薗町」の解説

花薗町
はなぞのちよう

[現在地名]奈良市花園(はなぞの)町

元興寺(がんごうじ)町の西南に所在。「奈良曝」に「町役廿四軒半。西の新や町より南へ行、元興寺町より西へ入町也。奈良の京の時、横萩右大臣豊成卿の屋敷の内、花壇の跡なり。いにしへより傾城町此西ニ有」とみえる。当町付近は古くは元興寺の花園であったと考えられ、元興寺の諸堂宇の破損状況を記した東大寺損色帳(東南院文書)に「花薗院」がみえるが、元興寺の衰退とともに人家となっていったらしく、嘉元四年(一三〇六)に善寂が花園にある屋敷を元興寺に寄進した。「奈良坊目拙解」所収の「元興寺中門堂懸板銘」には、次のように記している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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