一般的には,権利を有する者が,その権利を侵害された場合に,法の定める手続によらないで,自己の実力により,権利を回復・実現することをいう。司法制度が十分に整備されていなかった時代では,侵害された権利の回復は,実力によらざるをえなかった(たとえば,ゲルマン古法のフェーデという一種の復讐制度)。国家権力が確立され,司法制度が整備されている現在の法制度では,自力救済は禁止されるのが原則であるが,自力救済には,司法機関によるよりも,簡易・迅速に権利を保護するという長所もあるので,一定の範囲で,自力救済を承認するのが各国の法制の大勢である。
ただ,その範囲は,制度的・沿革的理由から,国により(たとえばイギリス法は広く自力救済を認める),法分野により(中央集権的機構を欠く国際法では状況は異なるであろう)一様ではない。
民法上,自力救済についての明文の規定はないが,原則として禁止されていると解すべきである(ただし,占有訴権の制度の存在とくに202条2項が間接にこの趣旨を規定したものと解される。占有)。問題は,いかなる要件の下で例外を認むべきか,にあるが,学説は,自力救済に関するドイツ民法の規定(229条,占有についての859条)を参考として論じており,最高裁判決も,これをうけて〈私力の行使は原則として法の禁止するところであるが,法律に定める手続によったのでは,権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能または著しく困難であると認められ緊急やむをえない特別の事情が存する場合においてのみ,その必要の限度を超えない範囲内で,例外的に許されるものと解するを妨げない〉という一般論を述べている。もっとも,具体的結論において自力救済を認めた例はまれである。なお,自力救済一般と占有に基づく自力救済(占有している物を奪われたので実力で取り戻した場合)とは区別されるべきで,後者はもっとゆるやかな要件(上記の〈緊急やむをえない〉という要件は必要でないと解する)のもとで認められるべきだとする学説が少なくない。
執筆者:平井 宜雄
一定の権利を有する者が,その権利が侵害された場合,法律上の手続によらないで実力による救済を図る行為を,刑事法では自救行為という。債権者が法的手続によらずに自力で債権を回収する行為や,窃盗の被害者が盗まれた物を自力で取り戻すような行為がこれにあたる。具体的には自救行為が暴行・脅迫等の刑罰法規に形式上該当する場合に,その正当化の可否という形で問題となる。自救行為は,公権力の発動を待ついとまのない緊急行為である点,私人の実力行為である点で正当防衛,緊急避難と類似するが,権利侵害がすでに過去のものとなっており,侵害の急迫性が存しない点がこれらと異なる。かつて刑法改正仮案(総則,1931年)において,自救行為を一定の範囲で処罰しない旨の規定が設けられたことがあったが,現行刑法では自救行為を直接に規定する条文は存しない。確かに法治国家においては,権利の回復は裁判等の法手続によるべきであり,自救行為は原則として認められないとされており,現実に日本の判例は戦前から一貫して自救行為の適法性をほとんど認めていない。わずかに下級審で,境界線を越えた隣家のひさしを建築工事の続行のためやむをえず一部切り取った事案を不可罰とした判決(1969年の岐阜地裁判決)等,例外的に無罪判決が存するにすぎない(そのほか,1970年の福岡高裁判決)。しかし学説上は,自救行為は刑法35条の正当行為の一種,あるいは超法規的違法阻却事由の一種として,一定の限度で違法性が阻却されるとする見解が有力である。ただその際には,自救行為の緊急の程度,方法の相当性,法益の権衡等を考慮したうえで,正当防衛・緊急避難よりもいっそう厳格な要件の下に不処罰とされると解されている。
執筆者:前田 雅英
国家が国際法において保護されている権利や利益を侵害された場合,被害国自身が,侵害された権利や利益を回復するために,あるいは国際法違反に対する制裁として,違法な侵害行為を行った相手国に対して,国際法によって正当化された強制手段を行使することを国際法上,自力救済という。自助あるいは自救行為ともいう。上位の権力組織によって侵害された権利や利益の回復が図られる保障のない国際社会では,そうした自力救済ないし自助の観念のもとに,違法行為に対する措置として,復仇や戦争の形態による武力行使の合法性が一般的に認められてきたのである。しかし,そのような強制手段の行使にあたっては,国際違法行為の存在の認定や国際法違反に対する制裁の執行が客観的に行われえず,当事国が恣意的に認定し執行することになりやすい。
今日においても自力救済ないし自助の合法性はまったく否定されているとはいえないが,しかし第1次大戦後の国際法の展開過程において,自力救済の手段としての戦争の合法性はしだいに制限され,自力救済に代わる集合的制裁の形態も認められるようになってきた。とくに第2次大戦後は,国連憲章の下で,武力による威嚇,武力の行使が一般的に禁止されるに至った。だが,国際社会の現状のもとでは,自力救済をも含めた武力行使を全面的に禁止する前提として,国際紛争の平和的解決の制度が完備されなければならない。
執筆者:牧田 幸人
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自分の力で権利の内容を実現すること。近代国家においては、権利の内容を実現するためには、法に定められた手続により国家権力(とくに裁判所)の手助けを得なければならず、自らの手で行うことは原則として許されない。違法な自力救済は民法上は不法行為となり、刑法上は自救行為というが、犯罪を構成する。しかし、法に定める手続によったのでは、権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能または著しく困難であると認められる、緊急やむをえない特別の事情がある場合には、必要な範囲内での自力救済が例外的に許され、この場合には不法行為とならない。たとえば自分の自転車が盗まれるのを目撃した者が、自ら取り戻すなどの行為である。
[淡路剛久]
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…このように親の敵討が他の血讐と区別され社会道徳の性格をもつと,相手のとどめをさすというような敵討の作法,敵持(かたきもち)の作法が生みだされるが,なお敵討に際し,相手の死骸を損壊する〈さいなみ〉を加えている例も多くみられ,敵討の古形がそこに継承されていることが知られる。鎌倉幕府,室町幕府ともに,敵討に代表される私的復讐を制限し,これを国家裁判権のなかに吸収しようとするが,強い自力救済観念のため成功しなかった。この敵討を全面的に禁止したのは戦国大名だが,やがて近世初頭,江戸幕府は親に対する子の敵討にほぼ限定し,武士の倫理と結びついた最も強い復讐意識を生かすかたちで公認したのである。…
…債務者が自発的意思に基づいて,これらの請求権の内容を債権者に対して履行すれば,何も問題を生じないが,現実には,債務者が任意の履行を拒む事態が,しばしば生じる。この事態を放置すると,債権者の側としては,自力救済に依存することになる。しかし,自力救済には,二つの欠点が認められる。…
…この故戦防戦の条令は,この前後にほぼ同趣旨のものが数ヵ条ある。 元来,所領をめぐる紛争は単なる喧嘩と区別され,自力救済として正当な実力行使と認められていた。このことは,洋の東西を問わず,どの人間社会にも認められる。…
…また刑罰の面でも,土地財産などの没収刑とともに,公家法,本所法にはみられない死刑,肉刑などが慣習として行われていた。これらの多様な法慣習に流れる特徴は,自律集団としての武士団の本質に基づく強い自力救済観念と,家産の保持に典型的にみられる私有財産および私権の尊重という観念であった。 12世紀の末,これら武士団を組織した鎌倉幕府が生まれると,これら武士社会の法慣習に,王朝国家を支える法体系である公家法,本所法を部分的に吸収した新しい国家法としての法体系が形成された。…
※「自力救済」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
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