例えばある人が自動車を運転中に前方注視を怠ったために,横断歩道を渡っている人を見落とし,その歩行者をはねて負傷させたとする。この場合にこの運転者は刑罰(刑事責任)を科せられたり,運転免許の停止または取消し(行政法上の制裁)を受ける可能性があるほか,被害者との関係においても負傷によって生じた損害を賠償すべき義務(民事責任)を負うことになる。不法行為はこの民事責任を生ぜしめる事実として観念される概念であり,法律の規定(民法709条)との関連において次のように定義される。すなわち不法行為とは,故意または過失によって他人の法上保護に値する利益を侵害して損害を生ぜしめる行為である。法律上は民法の第三編(債権)中に〈不法行為〉という節が置かれており,法典中の位置づけから不法行為は,契約,事務管理および不当利得と並んで,債権の発生原因と解されている。上記の四つの債権発生原因の中でも,不法行為は契約とともに,われわれの日常生活の中で最もひんぱんに現れるものという意味において,重要な債権発生原因である。そして現実の訴訟の中でも不法行為に基づく損害賠償請求事件は非常に多い。
ところで,契約に基づく債権は契約当事者という意思による特定の結びつきのある者の間に限って生じる。それに対して不法行為に基づく債権は,ある人の行為が他人の権利またはその他の法上保護に値する利益を侵害するものであれば,発生しうる。しかも裁判所における実務を支配する見解によれば,その際に加害行為者と被害者の間に契約が結ばれていて被害者が契約上の義務違反に基づく損害賠償請求権(債権)をもっていても,そのことによって不法行為に基づく請求権が成立しなくなるわけではない(請求権競合)。それゆえ,例えばある人がタクシーに乗って目的地に向かう途中,運転手がハンドル操作を誤ってカーブを曲がりそこねてガードレールに衝突して,その乗客が負傷した場合には,その乗客は運送契約上の義務違反に基づく損害賠償請求権のみならず,過失による健康侵害という不法行為に基づく損害賠償請求権をも有することになる。このような関係は医療事故や労災事故等についてもあてはまる。このような裁判所の実務上の取扱いもあって,契約上の義務の内容がはっきりしない場合などには,損害事件の救済を求めるにあたり,加害行為を故意または過失による法的保護に値する利益の侵害という,契約違反より一般的な定式をもつ不法行為としてとらえ,裁判所に提訴することが少なくない。ここにも不法行為法が果たしてきた重要な役割の一つがある。そしてそれだけ不法行為法が機能する領域が広くなるわけである。
不法行為という損害賠償請求権を発生させる事実を法律上どのように規定するかについては,歴史上また比較法上いくつかの方法がある。一つの方法は個別的構成要件主義とでもいうべきもので,個々の侵害行為の類型ごとに何が不法行為になるのか(要件),またそれに応じてどのような法律効果が生じるのかを規定していく方法である。ローマ法やイギリス法,アメリカ法はこのような方法によっている。これと正反対の立場は一般的構成要件主義とでもいうべきもので,実際にはさまざまな行為形態をとり,また多種多様な利益の侵害がありうる加害事件を一つの抽象的な定式を定めることによって法的な不法行為として把握する方法である。フランス法や日本の民法はこの立場に立つ。つまり英米法においては故意による人身ないし財産侵害,名誉毀損,詐欺,不注意による侵害といった個別的な不法行為によってとらえられるものが,日本の民法では,故意または過失による権利侵害という定式の中に包摂されて,一般的な不法行為が規定されているのである。個別的構成要件主義によるほうが,どのような行為が不法行為になるのかをより具体的に定めうるから,わかりやすいともいえる。しかし被侵害利益や侵害行為の種類を決めてしまうと,社会生活のあり方が時の経過とともに変遷するとき,それに応じていつも新しい不法行為の個別的構成要件を追加していかなければ,必要な法的保護ができなくなる。一般的構成要件主義による立法があれば,その不法行為構成要件は抽象度が高いためにわかりにくいが,裁判所の解釈によってさまざまな事態に対応できる。いずれにしても各国の立場の決定は,法規範の創造に裁判所がどのように関与するかといった機能分担のあり方にも関係しつつ,各国の歴史的事情の影響のもとに行われたものである。
支配的な学説によれば,(1)行為の違法性,(2)行為と相当因果関係(〈因果関係〉の項参照)にある損害の発生,(3)加害行為者の故意または過失,(4)加害行為者の責任能力という四つの点(要件)が充足されれば不法行為が成立し,被害者に損害賠償請求権が与えられる(効果)。行為の違法性という要件は,民法709条の〈他人ノ権利ヲ侵害〉という文言を不法行為の成立要件としては限定的すぎるとして解釈により拡張したものである。所有権侵害とか著作権侵害といったすでに法律上具体的に規定された権利の侵害だけでなく,その他の利益の侵害であってもよいが,後者の場合には侵害行為が法規違反かまたは公序良俗違反であることを要する。つまり権利侵害は,法規違反および公序良俗違反と並ぶ行為の違法性の一種類であり,民法709条が権利侵害という要件を立てたのは,実は単なる損害を惹起する行為ではなくて違法行為による損害惹起から被害者を保護しようとする趣旨によるのである,とこの学説は理解するわけである。そして違法性の判断については,所有権とか生命といった既存の法律体系において絶対的に保護されている権利の侵害行為はそれだけで一般的に違法と評価されるが,従来権利と認められてこなかった利益の侵害の場合,その侵害行為の態様が,例えば法規違反といった形で違法であることを要する。この意味で違法性は被侵害利益の種類が何かという点と侵害行為の態様がいかなるものかという点の相関関係において評価すべきであるという(相関関係説)。またこの学説によれば,故意とは他者に対する違法な法益侵害の発生すべきことを予見していたこと,過失とは違法な法益侵害の発生すべきことを予見可能であったのに,注意を欠いたために予見しえなかったことである。
この従来の支配的見解は,ドイツ民法学の影響を強く受けて,違法性とか相当因果関係というドイツ法学に特有な概念を日本の民法709条の解釈に導入したものであった。それに対して最近では判例分析に基づいて違法性や相当因果関係という要件を不要とする見解が有力になっている。この見解では,不法行為の成否はおもに過失があるとされるのか否かという点においてなされる,さまざまな事情の規範的な総合評価に依存することになる。この学説が主張するように,今日では不法行為の成否をめぐる争点は,訴訟上非常に多くの場合,過失の存否にあるといっても過言でない。そして訴訟においては過失は法益侵害を予見すべき注意義務または法益侵害を防止すべき注意義務に違反した行為者のあり方として把握されている。このような義務は場合によっては明文の法規によって明らかにされていることがある。例えば道路標識によって指定されている最高速度を超える速度で自動車を走行させていて他人をはね,負傷させた運転者の過失が,道路交通法22条の最高速度制限遵守の義務を基準にして判断される場合がある。ところが,公害事件や医療事故の多くの場合におけるように,加害者の行為を吟味してみると明文の法規に違反したという判定ができないことがある。このようなときにも裁判所は,被害者のもつ利害(例えば生命や健康といった被侵害利益の重大さなど)と加害者の行為のもつ危険性の程度や被害発生の可能性の大きさといった要素などを考慮して,加害者がなんらかの損害防止のための措置を講ずべきであったという評価に達した場合には,加害者にはそのような損害惹起を防止するための注意義務の違反があったという形で過失を認めてきた。それゆえ過失という抽象的な要件の具体的内容については,これまでに出されてきた裁判所の諸判決の検討が不可欠である。
法的効果不法行為の法律効果は損害賠償請求権が被害者に与えられることである。賠償されるべき損害の範囲をどのようにして定めるかについては,民法上直接これを定める規定がないため学説上は異論があるところであるが,判例は民法416条(契約上の債務の不履行に基づく損害賠償の範囲についての規定)を類推適用するという。それゆえ不法行為から通常生ずる損害および加害者が予見可能であった特別事情により不法行為から生じた損害が賠償されるべきことになる。このような立場は民法の立法者が意図したところとはかけ離れた解釈論であるが,その結果,不法行為に基づく損害賠償であろうと,契約上の債務の不履行に基づく損害賠償であろうと,民法416条によって賠償されるべき損害の範囲が定まることになる。例えば医療過誤に基づく損害賠償の場合,この立場をとることによって,医療過誤を診療契約上の債務不履行ととらえても,不法行為ととらえても,賠償されるべき損害の範囲は同じになる。
損害賠償を訴訟上請求した場合,判決によって命じられる損害賠償額は,民法416条を類推して定めた賠償されるべき損害を金銭評価したうえ,損益相殺や過失相殺を必要に応じて行って決められる。なお,不法行為に基づく損害賠償請求権は原則として不法行為時に成立すると同時にただちに支払われるべき時期にあると解され,それゆえその時点から現実に賠償が支払われるまで法定利率による遅延賠償が本来の損害賠償に付加される。また不法行為の被害者には現実に損害賠償を得させることによって被害者の保護を図ろうという立場に民法は立ち,不法行為者(加害者)のほうから,被害者に対してたまたま持っていた債権を自働債権とし,不法行為に基づく損害賠償債権を受働債権として相殺することは許されない。効果面でもこのような諸点において不法行為に基づく債権は,債務不履行に基づく債権より手厚い保護を受ける。しかし不法行為に基づく損害賠償債権は,被害者(またはその法定代理人)が加害者がだれかまた損害が発生したことを知ったときから3年以内に行使しないと,時効により消滅してしまう(民法724条前段)。時効期間が通常の債権の消滅時効期間である10年よりかなり短いため,不法行為による賠償請求ができなくなった場合,その損害惹起を債務不履行と構成する傾向が現れている(例えば安全配慮義務違反による損害賠償)ことに注意を要する。
不法行為に基づく損害賠償は日本においては,損害を金銭に評価して一定額の金銭を支払うという形(金銭賠償)で行われる。例えば甲が乙の花瓶を不注意で割ってしまった場合,この花瓶の時価相当の金銭の支払が行われることになる。ところが甲が乙を負傷させた場合においては,治療費や負傷のため乙が休業した日数に応じた収入の減少分(財産的損害)にあたる金銭のほかに,乙の負傷による精神的損害(非財産的損害)の金銭による賠償が命じられることがある。この非財産的損害に対する賠償金を慰謝(藉)料といい,裁判上の取扱いにおいては,被害者は一定の金額を慰謝料として支払うよう主張すれば十分であり,その金額の基礎を証拠によって証明する必要はない。この点で財産的損害と非財産的損害は裁判上の取扱いの差がある。慰謝料請求のこのような取扱いをさらに一歩進めて,財産的損害の賠償についてその金額の証拠による証明が困難であるが,財産的損害があることは確実である場合にはそのことを斟酌(しんしやく)して慰謝料額を定めるという扱いが,下級審判例を中心に実際に行われている(慰謝料の調整的機能)。このような取扱いが生じるところからもうかがえるとおり,人の身体や健康が害される事故においては,長期間の労働能力の喪失(全面的喪失と部分的喪失)や治療の必要性が生じることがあり,このような場合には,働けないことによって得られなくなる賃金などの逸失利益や将来の治療費の計算とその証明が容易でない事態もありうる。不法行為と判断されるか否かについては過失や因果関係という要件の内容の判断が行われたのに対し,効果の面では慰謝料の取扱いをとおして,現実の社会における損害事件から被害者を救済するための弾力的対応がなされてきたといえよう。
なお,不法行為の効果は民法上は損害賠償義務の発生であるが,公害事件を重要なきっかけとして,加害行為の禁止(差止め)をも認めるべきことが主張されている(差止請求権)。差止めのためにはどのような事実が存在しなければならないかについては,裁判上の基準はまだ明らかになっているわけではない。なるほど生命,身体や健康といった重要な人格的利益が現実に侵害され,被害が生じてから,その損害を賠償するという形の保護さえ与えておけばこれらの利益の保護としては十分であるとは,今日考えられていない。ただ,行為の禁止という効果を承認した場合,加害者の事業の停止によって影響を受ける人の範囲が広い場合も考えられ,損害賠償義務が成立する場合と差止めが命じられる場合の範囲が同じ基準によって画されるべきかについては,見解の対立がみられるのである。
日本の民法では,これまで説明してきた709条の一般的不法行為のほかに,いくつかの特殊な不法行為の規定が定められている。責任無能力者の監督者の責任(714条),使用者責任(715条),工作物責任(717条),動物占有者責任(718条),および共同不法行為(719条)がそれである。これらの諸規定による不法行為責任は,支配的見解によれば,土地の工作物の所有者の責任(717条1項但書)を唯一の例外として,いずれも過失責任の原則に立脚したものと解されている。しかし民法の制定作業の行われた当時と今日とでは,社会生活に相当大きな変化がみられる。とりわけ他人を使用して事業活動を行うことが非常に多くなり,また科学技術の進歩に伴って諸種の機械,設備,危険な物質などが使用されるようになっている。このような事情を背景に企業活動に伴う事故や危険な設備等の運転事故については,過失がなくてもなお企業や設備等の支配者に損害賠償責任を負わせるべきであるという立場が法理論としては有力になっている(〈無過失責任〉の項参照)。そして例えば,使用者責任に関する判例においては,被用者が事業の執行につき他人に過失によって損害を加えたときには,使用者がその被用者の選任・監督につき十分に注意を払ったと主張しても,事実上その主張を認めないといった取扱いが裁判上なされている(実質的無過失責任化)。また民法のほかに,例えば自動車損害賠償保障法(1955公布)による自動車の運行供用者責任や〈原子力損害の賠償に関する法律〉(1961公布)による原子力事業者の責任(原子力災害補償),さらには環境汚染に対する事業者責任(例えば大気汚染防止法,水質汚濁防止法によるもの)のように,過失を要件としない責任が特別法によって作り出されている。
以上のように不法行為責任の中に数えあげられているものを全体としてみると,過失責任と無過失責任の双方が認められており,とりわけ,事故の被害者の救済のためには,一定の範囲で無過失責任に実質的には移行する動きがみられることが注目に値する。また労働者災害補償の領域ですでに実現されているように,事故被害者の救済のためには,損害賠償という形によらなくても,保険ないし社会保障による給付という形も可能である。日本でも自動車損害賠償責任保険(自賠責)等のように強制保険の制度があるところでは,事実上損害賠償制度が保険給付でカバーされるという現象がみられる。また比較法的にはニュージーランドの事故補償法がこのような方向の最も徹底した立法例として著名であり,ここでは人身事故に対しては損害賠償法が基金による補償給付によって置き換えられている。この意味で不法行為法制度の機能すべき領域について根本的な再検討の動きが出ているといえよう。
→医療過誤 →公害賠償制度 →損害賠償
執筆者:錦織 成史
公務員が他人に損害をあたえた場合に,必ずしも個人的に賠償の責任を負うとは限らない。そのことは職務に関連して犯された損害行為であるか否かで大きく二つに分かれてくる。職務に関連のない行為の場合には,公務員が故意または過失でもって犯した行為でなければ(つまり,民法上の不法行為の要件を満たしていなければ),(国や公共団体はもちろん)公務員個人も被害者に対して責任を負わない。また,職務に関連している場合には,公務員に故意または過失がある限り,国または公共団体が,被害者に対して責任を負うことになっているので,公務員個人は損害賠償責任を負わない(ただし,公務員に故意または重大な過失があったときは,国または公共団体はその公務員に対して求償権を有する)。国または公共団体が責任を負うのは,日本国憲法17条で,〈何人も,公務員の不法行為により,損害を受けたときは,法律の定めるところにより,国又は公共団体に,その賠償を求めることができる〉という規定とそれを受けた国家賠償法1条の,〈国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が,その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは,国又は公共団体が,これを賠償する責に任ずる〉という規定に基づいている。明治憲法のもとでは,職務行為は,たとえ故意または過失のある場合でも,国も公務員個人も責任を負わなかった。これに対し日本国憲法は,人権尊重の見地からこのような不公正は許されえぬものとして,国などの責任を認めるに至った。その代わり,公務員個人の責任を問う意義は薄れたと考え,判例でこれを否認するに至ったのである。
→国家賠償
執筆者:下山 瑛二
人や物の国際的交流が盛んになるにつれ,不法行為に基づく責任問題も国際的規模で起こることが日常的になる。外国におけるホテル火災,自動車衝突や航空機の墜落,船舶の衝突に日本人が巻き込まれることも珍しくはない。他方,日本で外国人がホテルの火災や交通事故にあうことも少なくない。日本から輸入した日本製の薬品をジャカルタで使ったマレーシア人が製造元の日本の会社を訴えたいと思うこともありえよう。このように,当事者の国籍・住所,事故や災害・損害の発生地などが外国にかかわる渉外性をもつ場合の責任問題は,いったい何を基準として解決されるのであろうか。
各国でひろく認められている解決方法は,その事故や災害の発生地の法律を基準とする方法で,日本の現行法もそうなっている。不法行為地法主義といわれる立場である(法例111項)。もっとも,日本では不法行為地が外国の場合,その行為地である外国の法律の下で責任が認められるだけでは足りず,さらに日本法でも一般的に違法--必ずしも民法にいう不法行為と完全に一致する必要はないが--とみられることが必要である。のみならず,損害を賠償する方法(金銭の支払によるか謝罪広告を出すかなど)や額の制限の有無あるいはいかんについても,日本法が許す限度内のものでなければならないとされている(同条2,3項)。
このような立場が採られるに至ったのは,そもそも不法行為責任というものはそれぞれの社会の構成員が互いに守らねばならない一般的な注意義務に違反した行為をするところから生まれてくるものであり,その注意義務に関するルールは,古くから〈郷に入れば郷に従え〉と俗にいわれてきたように,それぞれの郷つまり社会ごとに定まっており,したがってある郷=社会で犯した違反やひき起こした損害の責任は,その違反や損害の起きた郷=社会のルールによって解決されるのが最も適当である,このように考えられたからである。
ところが,今日のように交通・通信の手段が発達してくると,不法行為の原因となった言動がなされた国とその結果としての損害が生じた国とが異なることも珍しくないようになってきた。日本製の輸出品が輸出先国の住民を害することがその例であり,日本で製作されたテレビ番組の内容が,例えば釜山でこれを傍受した韓国人の名誉を傷つける,というようなことも考えられるのである。多くの国が比較的近い範囲で隣り合っている西欧などでは,ドイツにある工場の排液や排煙がオランダの住民を害する〈越境汚染〉も起こってくる。不法行為地の法律が基準となるとはいうものの,どこの国を不法行為地と考えればよいか,行動地か損害発生地か,そのいずれの国の法律を基準とすべきか,これが新たに問題となってきたのである。そこで考えられたのは,同じく賠償責任とはいえ,行為者の過失の有無が決め手となるようなものと,過失の有無にかかわらずひき起こされた損害という結果のある以上は正当な補償がされねばならないというタイプのものとの区別に応じ,前者の場合は行動地,後者については結果・損害発生地をそれぞれ行為地とするという解決方法である。越境汚染などは後者の例と考えられよう。この後者の場合に問題となるのは,損害の発生地が唯一にとどまらず複数になりうることである。そして輸出商品に関する製造物責任などの場合には製造者の予測不可能な国での損害発生という事態も起こりえよう。こうしたときは,行為の責任よりも損害の補償に重点をおいて損害発生地を基準とするとはいうものの,その損害発生地がその商品の通常の流通経路の中にある場合に限ろうとする考え方も生まれてくる。また,他の面では,たとえ損害発生地が単一であっても,そこでの損害の発生がまったく偶然であってその国の法律を基準とすることに合理性が乏しいと考えられることもある。週末や連休を利用して自分の車で友人とフェリーを使って韓国へ乗り入れ旅行に出かけたところ,運転を誤り,同乗の友人に重傷を負わせたような場合である。そこでたまたま事故を起こしたというだけで,当事者の生活の中ではほとんど関係のない韓国の法律に従わねばならないものか疑問であろう。むしろ,より結びつきの深い日本の法律によるほうが合理的と考えられるが,そのときは不法行為地法主義の原則との関係をどのように考えるべきか。被害者の常居所地法を基準とするという特則を立てるべきか。こうした新しい展開へのきざしが感じられる。
行動地と損害発生地との乖離(かいり),行動地や損害発生地の複数化,損害発生地の偶然性,このような社会関係の複雑化,さらに責任の基盤となる原因行為の多様化に伴い,より合理的な解決基準を求めて,責任の基礎となる法令関係の諸要素(当事者の国籍・常居所,行動地,損害発生地など)がどこの国に最も集中しているか,要素の集中度は乏しくとも最も重大な意義をもつ要素はどこの国にあるか,これら量的・質的な関連性を総合的に考慮しつつ準拠すべき基準を求めてゆこうとする傾向が今日では強くなってきたとみられる(〈陸上交通事故に関する準拠法条約〉(1971,ハーグ)2~7条,〈生産物責任に関する準拠法条約〉(1973,ハーグ)4~10条,〈船舶衝突ニ付テノ規定ノ統一ニ関スル条約〉(1910,ブリュッセル),などを参照)。
どこの国の裁判所へ訴え出ることができるかという国際的裁判管轄の問題については,被告(通常は加害者)の住所地国などの一般的な規準に従うほか,不法行為地国にも管轄が認められる。ただ行動地と損害発生地が異なる国に分かれている場合,行動地国の管轄に異論はないけれども,損害発生地国の管轄を認めるについては疑義もあり,加害者にとって合理的に予測可能な範囲に限ろうとされていることは,準拠法の場合と同様である。
→国際私法 →国際民事訴訟法
執筆者:秌場 準一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ある行為によって他人に生じた損害を賠償する責任が生ずる場合に、この行為、あるいはそのような損害賠償を生じさせる制度をいう。契約と並ぶもう一つの重要な債権債務の発生の原因である。
[淡路剛久]
不法行為を大別すると、故意または過失があることを要件とするにせよ、行為の態様を限定しないで一般的に適用されることが予定されているもの(民法709条)と、行為の態様が限定されているが、過失要件を緩和しているもの(同法714条~719条)とがある。前者を一般の不法行為などとよび、後者を特殊の不法行為などとよんでいる。
(1)一般の不法行為の成立要件は、損害が発生したこと、加害行為と損害との間に因果関係があること、加害者に故意または過失があること、被害者の権利を侵害したこと(または加害行為に違法性があること)、加害者に責任能力があること、である。これらのうちで、判例・学説上とくに問題になることが多いのは、因果関係、故意・過失および権利侵害(または違法性)である。
因果関係でとくに問題になるのは、その証明の困難をどうやって緩和するかであり、1970年代以降多発するようになった公害・薬害事件や医療過誤事件では、蓋然(がいぜん)性(可能性の程度)の理論、いちおうの推定、統計的証明、疫学的証明など事件に応じてさまざまな方法で原告が負担する証明責任を緩和してきた。最高裁判所は、1975年の判決において、一般論として、因果関係の証明は、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然(がいぜん)性を証明することであり、その判定は通常人が疑いを差しはさまない程度に真実性の確信をもちうることだとした。故意・過失のうち「故意」とは、一定の結果の発生を認識しながらあえてその行為をすることであり、「過失」とは、一定の結果の発生を認識すべきであるのに不注意でそれを認識しなかったこと、と学説上一般に説明されてきたが、近時、一定の行為をする義務あるいは行為をしない義務の違反に過失の定義を求める考え方が一般的である。判例上、「過失」は、結果の発生につき予見可能性があるのに、注意義務に違反して結果の発生を回避しなかった場合に認められている。なお、予見可能性は、危険な行為(たとえば、公害を発生せしめるような企業活動)に際しては研究調査義務のような予見義務を前提にする。「権利侵害」とは、かつては、具体的な何々権の侵害という狭い意味に理解されたが、その後、広く「違法性」の意味に解すべきだとされるようになった(違法性説)。この違法性説の下では、違法性の有無は、加害行為の態様と被侵害利益の種類・侵害の重大性との相関関係によって判断される(相関関係説)。しかし、このような違法性理論に対して、「権利」を広く解すれば足り、「違法性」に読み替える必要はないという説(権利拡大説)、過失だけで判断すべきとする説(新過失説)、違法性の要素を再構成して違法性要件を維持しようとする説(新違法性説)も有力に主張されるようになっている。
(2)特殊の不法行為には、責任無能力者(責任能力のない未成年者や精神上の障害により責任弁識能力を欠く者)の行為につき監督義務者が負う監督者責任(民法714条)、被用者が事業の執行につき他人に損害を加えた場合に使用者が負う使用者責任(同法715条)、土地工作物の設置または保存に瑕疵(かし)があった場合に占有者または所有者が負う工作物責任(同法717条)、動物の占有者または保管者が負う動物責任(同法718条)、および、共同不法行為(同法719条)がある。これらの多くは、挙証責任を転換して過失責任と無過失責任の中間をいくもので、中間的責任とよばれるが、実際上は、使用者責任にその例がみられるように(使用者が責任を負う要件である「事業ノ執行ニ付キ」がきわめて広く解されており、また、使用者の免責の主張・立証はなかなか認められにくい)、無過失責任に近いものが多い。特別法には、自動車運行供用者の責任を定める「自動車損害賠償保障法」、鉱業権者の責任を定める「鉱業法」、原子力事業者の責任を定める「原子力損害の賠償に関する法律」、公害につき無過失責任を定める「大気汚染防止法」「水質汚濁防止法」、製造物の責任を定める「製造物責任法」などがある。第一のものは挙証責任を転換した中間的責任であるが、運行供用者側の免責の要件は厳しく、なかなか認められにくいので、実際上無過失責任に近いものとなっている。そのほかのものは無過失責任である。
[淡路剛久]
不法行為に対しては損害賠償責任が発生する(民法709条)。損害賠償の算定方法には、交通事故訴訟を中心に発展してきた個別的算定方法と、公害・薬害訴訟を中心に発展してきた包括的算定方法とがある。個別的算定方法では、まず、財産的損害の賠償と、精神的損害の賠償(慰謝料)とに区別する。財産的損害は、さらに、入院治療費や葬儀費などの積極的損害と、逸失利益などの消極的損害とに分かれる。逸失利益は原則として収入の喪失によって算定されるが、無所得者は平均賃金によって算定される。慰謝料は、交通事故訴訟などでは定額化される傾向がある。包括的算定方法では、このように財産的損害と精神的損害とに分けないで、総体としての賠償額を定めるものである。損害賠償の方法は金銭賠償が原則である(同法722条1項・417条)が、名誉毀損(きそん)の場合には、謝罪広告などのような一種の原状回復も認められている(同法723条)。損害賠償請求は、損害および加害者を知ったときから3年(時効)、不法行為のときから20年(除斥期間か時効か考え方が分かれている)で消滅する(同法724条)。
[淡路剛久]
日本の国際私法典である「法の適用に関する通則法」(平成18年法律第78号)によれば、不法行為によって生ずる債権の成立および効力の準拠法について、一般の不法行為、生産物責任、名誉または信用の毀損という三つの類型に分けたうえで(同法17条~19条)、最密接関係地法を適用する例外規定(同法20条)、当事者による事後的な準拠法の変更を認める規定(同法21条)、各種の不法行為の準拠法が外国法とされる場合に、その成立・効力に日本法を累積的に適用する規定(同法22条)が置かれている。
一般の不法行為の成立・効力は、加害行為の結果が発生した地の法による。ただし、その地での結果の発生を通常予見できないときは、加害行為地法によるとされている(「法の適用に関する通則法」17条)。たとえば、A国でYが排出した汚染物質がB国に流れてB国の住民であるXが損害を被った場合には、その不法行為の準拠法は、B国でのそのような損害の発生がYの立場にある通常の者であれば予見できたかどうかにより、予見できたのであればB国法により、予見できなかったのであればA国法によるということになる。
生産物責任の準拠法については、『製造物責任』〔国際私法上の生産物責任(製造物責任)〕の項、名誉または信用の毀損による不法行為の準拠法については、『名誉毀損』〔国際私法上の名誉毀損・信用毀損〕の項をそれぞれ参照。
不法行為の準拠法はこのように一応定められているものの、それが確定的に準拠法とされるわけではなく、不法行為の当時に当事者が法を同じくする地に常居所を有していたとか、当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたといった事情などに照らして、明らかにより密接に関係する他の地があるときは、当該他の地の法によるとされている(「法の適用に関する通則法」20条)。これは、最密接関係地法の適用を確保しようとする立法意思の表れであるが、不法行為の準拠法が明確にはわからず、たとえば和解交渉の際に適用されるべき法について共通の認識が得られず、交渉が困難となるというデメリットがある。
不法行為の当事者は、不法行為後であれば、合意により不法行為の成立・効力の準拠法を変更することができる(「法の適用に関する通則法」21条本文)。ただし、その準拠法変更が第三者の利益を害することとなるときは、その変更をその第三者に対抗することができない(同法21条但書)。不法行為債権も財産権であることから、実質法上、当事者による処分が認められるのと同様に、国際私法上も、第三者の権利を侵害しない限り、準拠法の変更を認めてよいとの考えに基づくものである。しかし、この変更は黙示的にも(明示しなくても)可能であり、たとえば、本来の準拠法がA国法であっても、和解交渉や訴訟において、両当事者がB国法を前提とする主張をしていると準拠法はB国法に変更されたとされる可能性があり、その変更によって不利益を被ることになる当事者から錯誤による変更であるとの主張が出てくるといった混乱も予想される。また、弁護士が代理しているとすれば、弁護過誤になるおそれもあることから、立法論としての批判もある。
不法行為は公益とのつながりが深いことから、外国法の適用が公序を害するおそれがあるとされ、外国法が準拠法とされ、不法行為の成立が認められるときであっても、日本法上も不法行為になるのでなければ損害賠償等の請求は認められず(「法の適用に関する通則法」22条1項)、また、日本法上も不法行為となるときであっても、日本法上認められる損害賠償等しか請求することはできない(同法22条2項)。
[道垣内正人 2022年4月19日]
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