苅萱桑門筑紫𨏍(読み)かるかやどうしんつくしのいえづと

精選版 日本国語大辞典「苅萱桑門筑紫𨏍」の解説

かるかやどうしんつくしのいえづと ‥ダウシンつくしのいへづと【苅萱桑門筑紫𨏍】

浄瑠璃。時代物。五段。並木宗輔、並木丈助合作。享保二〇年(一七三五)大坂豊竹座初演。苅萱伝説に題材をとり、説経節、浄瑠璃、歌舞伎などの影響を受けて成立筑前の大名加藤繁氏が発心して高野山に入り苅萱と名のる。御台と石童丸が父を訪ねて高野へ向かう悲劇脚色。三段目の玉取り(守宮酒(いもりざけ))が有名。

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世界大百科事典 第2版「苅萱桑門筑紫𨏍」の解説

かるかやどうしんつくしのいえづと【苅萱桑門筑紫】

人形浄瑠璃。時代物。5段。並木宗輔・並木丈輔合作。1735年(享保20)8月大坂豊竹座初演。三段目口(くち)を豊竹駒太夫,切(きり)を豊竹越前少掾が語った。能や説経の《苅萱》,古浄瑠璃《くづは道心》(1674)などを先行作とし,女の髪が嫉妬と化して食い合う話(《一遍上人年譜略》),《北条九代記》などを採り入れて脚色。 (1)二段目 筑前の城主加藤左衛門尉繁氏は,日ごろ仲むつまじい御台所牧の方と妾千鳥が,うたたねの間に内心の嫉妬を顕し,黒髪が蛇と化して食い合うありさまを見て発心し,出家遁世する。

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世界大百科事典内の苅萱桑門筑紫𨏍の言及

【苅萱】より

…生涯を旅に生きねばならなかった漂泊民の内面の決意が,苅萱に託され,家や家族への愛の断念という姿をとって表現されているといえよう。謡曲にも《苅萱》があり,浄瑠璃に宇治加賀掾の《苅萱道心物語》,並木宗輔・丈輔の《苅萱桑門筑紫…

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