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石童丸 いしどうまる

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

石童丸
いしどうまる

「苅萱 (かるかや)」のページをご覧ください。

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デジタル大辞泉の解説

いしどうまる【石童丸】

苅萱(かるかや)伝説中の人物。出家した父の苅萱道心を母とともに高野山に訪ねる。

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百科事典マイペディアの解説

石童丸【いしどうまる】

説経節《苅萱(かるかや)》の幼い主人公の名。父の苅萱は無常を感じて出家,高野山に登って法師となった。石童丸と母,姉は父を慕って高野山に行くが,女人禁制のため石童丸一人山に登る。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

石童丸 いしどうまる

説経節「苅萱(かるかや)」に登場する人物。
父は筑前(ちくぜん)(福岡県)苅萱荘の領主加藤左衛門繁氏。法然にしたがい出家した父(苅萱道心)を高野山にたずねる。父はわが子と知りつつ親と名のらず,石童丸は母と姉に死別したのち父の弟子となる。のち石童丸は高野山で,父は信濃(しなの)善光寺で同時に往生したという。この説話は高野聖(こうやひじり)によりひろめられた。

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世界大百科事典 第2版の解説

いしどうまる【石童丸】

説経《苅萱(かるかや)》に出てくる幼い主人公の名。《苅萱》のもとになる話は,中世の高野山の蓮華谷や往生院谷あたりの〈萱堂(かやんどう)〉に住む聖(ひじり)の間に生まれたもので,それが後に謡曲の《苅萱》と説経に分かれて展開したものである。説経《苅萱》の世界は,筑紫6ヵ国の所領と家族を捨てて,東山黒谷から高野山へのがれた苅萱を追って,御台所(みだいどころ)と石童丸が還俗を迫る話である。御台所と姉の千代鶴姫は死に,石童丸は父と対面しながらも,真実の父とは知らずに別れ,高野と善光寺で別々に往生するところで終わっている。

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大辞林 第三版の解説

いしどうまる【石童丸】

苅萱かるかや説話の主人公。出家した父苅萱道心を高野山に訪ねるが、父は名乗らず、やがて出家して父のもとに弟子として仕える。高野山の苅萱堂や長野市の往生寺の縁起などに伝わる。 → 苅萱

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

石童丸
いしどうまる

前近代に広く知られた伝説上の人物。筑前(ちくぜん)(福岡県)苅萱(かるかや)の庄(しょう)松浦(まつら)の党総領、加藤左衛門繁氏(しげうじ)の子。13歳のときに、出家していた父の苅萱道心(どうしん)を高野山(こうやさん)に訪ねたが、父はわが子と知りながら名のらずに別れる。のちに石童丸は母や姉と死別してから高野山に登り、苅萱の弟子となって道念坊と称したが、ついに親子の名のりはせず、父子ともに同時刻に往生を遂げ、信濃(しなの)善光寺の親子地蔵として祀(まつ)られる。
 この説話は、もとは説教(唱導)であり、それを広めたのは高野聖(こうやひじり)であった。『善光寺親子地蔵縁起』から謡曲『苅萱』を経て、説経浄瑠璃(じょうるり)『かるかや』が生まれ、そこから数種類の説経浄瑠璃が生じ、やがて並木宗輔(そうすけ)・丈輔(じょうすけ)作の浄瑠璃『苅萱桑門筑紫(かるかやどうしんつくしのいえづと)』(1735・豊竹座初演)ができて、石童丸の名はあまねく知られるようになった。また、1806年(文化3)には曲亭馬琴の読本(よみほん)『石堂丸苅萱物語』まで刊行され、歌舞伎(かぶき)や新内節、琵琶唄(びわうた)でも有名になった。[関山和夫]

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世界大百科事典内の石童丸の言及

【苅萱】より

…この話は最初,高野山の蓮華谷や往生院谷にあった萱堂(かやんどう)に住まう高野聖(ひじり)の間で醸成されたもので,のちに旅を生活の場とする説経師の手に渡り,今日に伝わる形に成長した。主人公苅萱とその子石童丸の別れ,妻や姉娘千代鶴の死など,家族の崩壊と離散を語る内容は,ひとしお哀切の思いが強い。生涯を旅に生きねばならなかった漂泊民の内面の決意が,苅萱に託され,家や家族への愛の断念という姿をとって表現されているといえよう。…

※「石童丸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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