若柳 吉蔵(初代)
ワカヤギ キチゾウ
- 職業
- 日本舞踊家(若柳流)
- 肩書
- 若柳流家元(2代目)
- 本名
- 竹内 孝太郎
- 生年月日
- 明治12年 6月21日
- 出生地
- 東京・小石川水道町
- 経歴
- 12歳で西川古代に入門するが、2年で舞踊をやめ大阪で落語家となり、東京で旧・新派の舞台に立った後、明治29年若柳流流祖若柳吉松(のちの寿童)に入門。30年吉蔵を許された。以来初代吉三郎と師の両腕として活躍。寿童没後大正7年2代目家元を継ぎ、9年名取達による若柳会公演を発足させ、15年日本舞踊研究所、小曲舞踊会、邦楽舞踊新作研究会などを主宰、同人として出演した。昭和9年学童対象の日本舞踊若柳学園を創立。振付作品は「戻橋」「良寛と子守」「二人三人叟」「富士の雪」など多数。初代家元にまさる名手といわれ、吉蔵編「踊すがた」(全10巻)がある。
- 没年月日
- 昭和19年 1月25日 (1944年)
- 家族
- 父=三遊亭 円遊(落語家),養子=若柳 寿童(2代目)(=2代目吉蔵),孫=若柳 吉蔵(3代目)
出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報
若柳 吉蔵(1代目)
ワカヤギ キチゾウ
明治〜昭和期の日本舞踊家(若柳流) 若柳流家元(2代目)。
- 生年
- 明治12(1879)年6月21日
- 没年
- 昭和19(1944)年1月25日
- 出生地
- 東京・小石川水道町
- 本名
- 竹内 孝太郎
- 経歴
- 12歳で西川古代に入門するが、2年で舞踊をやめ大阪で落語家となり、東京で旧・新派の舞台に立った後、明治29年若柳流流祖若柳吉松(のちの寿童)に入門。30年吉蔵を許された。以来初代吉三郎と師の両腕として活躍。寿童没後大正7年2代目家元を継ぎ、9年名取達による若柳会公演を発足させ、15年日本舞踊研究所、小曲舞踊会、邦楽舞踊新作研究会などを主宰、同人として出演した。昭和9年学童対象の日本舞踊若柳学園を創立。振付作品は「戻橋」「良寛と子守」「二人三人叟」「富士の雪」など多数。初代家元にまさる名手といわれ、吉蔵編「踊すがた」(全10巻)がある。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
若柳吉蔵(初代) わかやぎ-きちぞう
1879-1944 明治-昭和時代前期の日本舞踊家。
明治12年6月21日生まれ。落語家3代三遊亭円遊の長男。大阪で落語家となり,のち初代若柳寿童に入門。大正6年寿童没後,若柳流2代家元をつぎ,9年若柳会の公演を発足させた。昭和19年1月25日死去。66歳。東京出身。本名は竹内幸太郎。
若柳吉蔵(2代) わかやぎ-きちぞう
1921-1989 昭和時代の日本舞踊家。
大正10年8月11日生まれ。養父初代若柳吉蔵に師事し,吉正蔵を名のる。昭和19年2代を襲名し若柳流家元3代をつぐ。45年寿邦,63年寿童(2代)と改名した。平成元年7月17日死去。67歳。東京出身。本名は竹内正次。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
若柳 吉蔵(初代) (わかやぎ きちぞう)
生年月日:1879年6月21日
明治時代-昭和時代の日本舞踊家
1944年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報