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若柳流 わかやぎりゅう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

若柳流
わかやぎりゅう

日本舞踊の一流派。流祖は若柳寿童 (1845~1917) 。寿童は本名を若林勇吉といい,12歳で1世花柳寿輔に入門し,20歳前に師の初名花柳芳松を許され,師とともに各劇場の振付師および柳橋花柳街の師匠となった。

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デジタル大辞泉の解説

わかやぎ‐りゅう〔‐リウ〕【若柳流】

日本舞踊の流派の一。明治26年(1893)初世花柳寿輔(はなやぎじゅすけ)門下の芳松が、若柳吉松(のち寿童)を名のって創始。現在は多くの派に分裂している。

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世界大百科事典 第2版の解説

わかやぎりゅう【若柳流】

日本舞踊の流派の名。流祖は若柳寿童(1845‐1917)。初世花柳寿輔の門弟花柳芳松は1893年破門され,若柳吉松(のち寿童)と改名して若柳流を創立した。東京の花柳界柳橋を中心に流勢を固めたが,寿童の没後,2世家元を門弟の吉蔵が継ぎ,流勢を拡張した。しかし,吉蔵没後は門弟の吉之輔を中心に理事制をひき,正派若柳流を新たに設立した。吉蔵の養子2世吉蔵は関西に移った。その後,正派若柳流も総務(理事長)寿慶が没してから,いくつかの分派ができた。

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大辞林 第三版の解説

わかやぎりゅう【若柳流】

日本舞踊の一流派。初代花柳寿輔に師事した若柳芳松(のち寿童)が明治中期に創始したもの。現在四派ある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

若柳流
わかやぎりゅう

日本舞踊の流派。流祖、若柳寿童(じゅどう)(1845―1917)は初世花柳寿輔(はなやぎじゅすけ)の門弟で花柳芳松(よしまつ)を名のっていたが、ささいなことから破門され、1893年(明治26)に独立。若柳吉松(よしまつ)と改めて95年若柳流を創立。東京・柳橋の花街を中心に活動し、その基盤を固めた。1905年(明治38)若柳寿童と改名。2世家元は寿童の高弟若柳吉蔵(きちぞう)(1879―1944)が17年(大正6)に継承、広く門下を育成して隆盛期を築いた。3世家元は2世の養子で、44年(昭和19)に2世吉蔵を継いだが、のち家元制をやめて理事制をとることとなり、結局彼は京都に移って70年若柳寿邦(じゅほう)と改名。若柳流3世宗家を名のった。88年に2世若柳寿童となり、89年(平成1)没。長男若柳寿延(じゅえん)が4世家元となった。竹内豊子の三男は5世家元若柳吉蔵を名のっている。理事制をとった多くの人々は51年(昭和26)に正(せい)派若柳流を結成した。2代目総務の寿慶(じゅけい)が71年、直派(じきは)若柳会をたてたが、翌年死去するなど混乱し、分裂が続いた。なお2世家元吉蔵没後、その長女吉世(きちせい)は京阪で発展して55年若柳流西家元となり、その没後は長女が継いでいる。現在は正派若柳会(先の正派若柳流が改めた名)、4世、5世それぞれの家元の若柳流、直派若柳流が日本舞踊協会に所属するほか、多くに分かれている。[如月青子]
『邦楽と舞踊社編・刊『日本舞踊大系 正派若柳流』(1966)』

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世界大百科事典内の若柳流の言及

【日本舞踊】より

…しかし流派はまた新しい流派や分派を生み,宗家,分家家元などの名称も生じており,現在流派の数は150を超え,今後ますます分派していく傾向にある。 振付師から出た流派では,志賀山万作を流祖とする志賀山流,江戸の振付師藤間勘兵衛から出た藤間流,西川仙蔵を祖とする西川流,幕末期から明治にかけて活躍した初世花柳寿輔が開いた花柳流,若柳吉松の若柳流や,市山七十郎の市山流等がある。また俳優の家から出たものに3世中村歌右衛門を初世とする中村流があり,同じ中村流を名のるものに,初世中村富十郎を祖とするもの,中村弥八(1703‐77)を祖とする虎治派,3世坂東三津五郎より出た坂東流があり,そのほか水木流,岩井流,市川流,尾上流等がある。…

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