茂木城跡(読み)もてぎじようあと

日本歴史地名大系 「茂木城跡」の解説

茂木城跡
もてぎじようあと

[現在地名]茂木町小井戸 館

茂木保を領した茂木氏の城で桔梗(ききよう)城ともいう。城は東と南の二方向は急斜面で堅固な構えをなし、西方と北方は開けた台地に続いている。本丸・二の丸・三の丸からなり、東西約四〇〇メートル、南北約三〇〇メートルの規模を有する。鬼門にあたる北東方に谷を隔てて荒橿(あらかし)神社がある。

建武三年(一三三六)一一月一九日の茂木知貞代祐恵言上状(茂木文書)に同月七日、南朝北畠軍の攻撃にあい茂木城が落城したとみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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