荻作村(読み)おぎさくむら

日本歴史地名大系 「荻作村」の解説

荻作村
おぎさくむら

[現在地名]君津市荻作

駒久保(こまくぼ)村の南西に位置する。天正一九年(一五九一)検地があったとされる。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に萩作村とみえ、高一〇一石。元和三年(一六一七)の知行宛行状により旗本永田領となる。元禄一〇年(一六九七)の村明細帳(榎本家文書)に荻作とあり、永田領一〇一石余のほか幕府領九石余(寛文一〇年検地)、野銭永二貫文のうち居廻野銭永一貫八九〇文、中島(なかじま)村・泉(いずみ)村との入会鬼泪(きなだ)山秣場野銭永一一〇文。


荻作村
おぎさくむら

[現在地名]市原市荻作

潤井戸(うるいど)村の南西に位置する。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に村名がみえ、高二七〇石。正保国絵図では高二七四石余。元禄郷帳では高二七〇石余で、幕末まで同様。寛政五年(一七九三)の上総国村高帳では荻野作村として家数五四、旗本朝比奈・林・朝岡領。林氏分は同氏が文政八年(一八二五)大名となったことに伴い貝淵藩(のち請西藩)領となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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