菊池幾久子(読み)きくち きくこ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「菊池幾久子」の解説

菊池幾久子 きくち-きくこ

1819-1893 明治時代の社会運動家。
文政2年生まれ。夫菊池新太郎の死後,家塾をひらく。明治5年長男九郎が創設した東奥義塾教員となる。10年受洗。19年弘前(ひろさき)教会に万国婦人矯風会支部を組織して会長となる。お歯黒廃止,禁酒,廃娼などの運動をすすめた。明治26年3月18日死去。75歳。陸奥(むつ)弘前(青森県)出身旧姓奈良

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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