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菊隠 きくいん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

菊隠 きくいん

?-1620 琉球の僧。
臨済(りんざい)宗。京都大徳寺古渓宗陳(こけい-そうちん)の法をつぐ。琉球円覚寺の住持をつとめたのち,千手院に隠居。1609年薩摩(さつま)鹿児島藩琉球侵攻に際し,喜安(きあん)らとともに講和につとめ,捕虜となった尚寧王に随行して薩摩,江戸におもむく。帰国後は国相をつとめた。尚寧王32年8月27日死去。諡号(しごう)は球陽国師。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

菊隠

没年:尚寧32.8.27(1620.9.23)
生年:生年不詳
沖縄での臨済宗総本山・円覚寺の第18代住持。17世紀初めの琉球王府の加判役。幼くして円覚寺住僧洞観にしたがって僧門に入り,のち日本五山に登る。参禅道を十余年ほど修め,古渓宗陳より菊隠の号を受けたという。円覚寺に多年住したのち千手院を建てて隠居したが,尚寧21(1609)年の薩摩軍の侵入に際して講和の使者のひとりに推されて活躍,尚寧王の鹿児島,江戸参向にもつき従った。帰国後はこれまでの功が認められて上儀保村(首里儀保町)への西来院の開山認可,加判役の拝命,大里間切への800石の給知,王子の位の叙位など,破格の待遇を受けた。老年のため退役したのちも400石を給され,西来院でその生涯を終えた。<参考文献>真境名安興・島倉竜治『沖縄一千年史』

(上原兼善)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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