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落合直言 おちあい なおこと

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美術人名辞典の解説

落合直言

伊奈県参事。通称五十馬、号は竹城。直亮・直澄弟。武蔵多摩郡生。堀秀成門人、次兄直澄に学ぶ。明治10年(1877)歿、32才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

落合直言 おちあい-なおこと

1847-1877 幕末-明治時代の尊攘(そんじょう)運動家。
弘化(こうか)4年生まれ。落合直亮(なおあき),落合直澄の弟。明治4年公卿(くぎょう)外山光輔らと政府転覆をはかるが,発覚して終身禁獄,鹿児島県預けとなる。西南戦争では西郷軍に入隊し,明治10年4月20日熊本県保田窪で戦死。31歳。武蔵(むさし)多摩郡(東京都)出身。通称は五十馬。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

落合直言

没年:明治10.4.20(1877)
生年:弘化4(1847)
幕末維新期の志士。武蔵国多摩郡駒木野村(東京都青梅市)の関守落合俊雄の7男。母はたき。直亮,直澄の弟。通称五十馬。気性はいたって激しく,慷慨家ともよぶべき人物。明治3(1870)年,相楽総三ら赤報隊士慰霊のための建碑発起人ひとりとなり慰霊祭を挙行。翌年,開化政策に不満を持つ公家外山光輔らの武力による天皇の京都還幸と鎖国を目指す陰謀に加わり,東京で逮捕。同年12月,終身禁獄を申し渡され,中村恕助ら5名と鹿児島県預りとなる。同10年の西南戦争では恕助らと共に西郷軍に入隊し,振武隊大隊長中島健彦に属して転戦,4月に保田窪(熊本市)の激戦で戦死した。

(高木俊輔)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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