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葉室光頼 はむろ みつより

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

葉室光頼 はむろ-みつより

1124-1173 平安時代後期の公卿(くぎょう)。
天治(てんじ)元年生まれ。葉室顕頼の長男。母は藤原俊忠の娘。保元(ほうげん)元年(1156)参議。のち正二位,権(ごんの)大納言。平治(へいじ)の乱の際,弟藤原惟方(これかた)を叱責して二条天皇を内裏(だいり)から脱出させ,藤原信頼の企てをくじいた。長寛2年(1164)出家。桂大納言入道,葉室大納言とよばれた。承安(じょうあん)3年1月5日死去。50歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の葉室光頼の言及

【葉室家】より

…藤原氏北家高藤の流れ,勧修寺家の分流。藤原為房の次男権中納言藤原顕隆を祖とする。その孫光頼(1124‐73)が山城国葛野郡葉室の地に営んだ別業にちなんで葉室を家号とした。家格は名家。始祖顕隆は白河院の近臣として権勢を振るい,夜の関白と称され,孫光頼も剛直の人と知られ,平治の乱では藤原信西や平清盛とよしみを通じ,平氏政権樹立の道を開いている。また,光頼の孫光親は承久の乱で鎌倉幕府追討の宣旨を書いたために幕府のために斬られ,その子光俊も配流されている。…

【藤原光頼】より

…平安末期の公卿。葉室家流の権中納言顕頼の長男。18歳で右少弁に任ぜられてから,左少弁,権右中弁,右中弁,左中弁を歴任する一方,五位蔵人,蔵人頭を兼ね,1156年(保元1)参議に昇り,その後も順調に昇進して,平治の乱では反藤原信頼側として活躍し,正二位権大納言に至った。祖父顕隆,父顕頼の後をうけ,宮中・院中に活躍した典型的な実務官僚で,《今鏡》には,〈なに事にもよき人〉とその才識をたたえている。しかし64年(長寛2)世人に惜しまれながら41歳をもって辞官出家し,桂の里に隠棲したので,当時の激しい政争から身を守ることができた。…

※「葉室光頼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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