蒲野沢村(読み)がまのさわむら

日本歴史地名大系 「蒲野沢村」の解説

蒲野沢村
がまのさわむら

[現在地名]東通村蒲野沢

田名部(たなぶ)川の上流右岸に位置する。田名部川を下って、支村の鹿橋(ししぱし)村(しかはしともいう)・石持(いしもち)村がある。東は猿ヶ森(さるがもり)村、西は目名(めな)村、北は野牛(のうし)村、南は砂子又(すなごまた)村と接する。鹿橋の北西の丘陵端に平安―鎌倉時代の山館(やまだて)遺跡があり、空堀跡や竪穴住居跡が残る。中世には野牛・田屋(たや)とともに野沢(のざわ)三郷と称され、金銀を産したとも伝える(東北太平記)。

正保四年(一六四七)の南部領内総絵図に蒲沢村一八九石余とあり、同年の郷村帳によれば一七九・八九六石のうち一七八・六六一石が田であった。天和二年(一六八二)の惣御代官所中高村付では蒲野沢・石持両村ともに独立村とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む