蓼倉薬師堂跡(読み)たでくらやくしどうあと

日本歴史地名大系 「蓼倉薬師堂跡」の解説

蓼倉薬師堂跡
たでくらやくしどうあと

[現在地名]左京区岡崎天王町

平安神宮の東、冷泉(れいぜい)通に南面してあった寺。浄土宗鎮西派一心院に属し、正式には蓼倉山法雲(ほううん)寺と号していた。本尊薬師如来。「薩戒記」永享一一年(一四三九)正月一八日条によれば、当寺は推古天皇の御願と伝え、本尊は京都賀茂社神護仏の小像を胎内に納め行基の作という。もと愛宕(おたぎ)郡蓼倉の地にあった(同書)。「京都府愛宕郡村志」は高野河原(たかのかわら)村(現左京区)域内と推定している。蓼倉薬師の名称はこの地名に由来する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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