藤井五一郎(読み)フジイ ゴイチロウ

20世紀日本人名事典 「藤井五一郎」の解説

藤井 五一郎
フジイ ゴイチロウ

大正・昭和期の弁護士 公安調査庁初代長官。



生年
明治25(1892)年11月1日

没年
昭和44(1969)年10月29日

出生地
山口県下関市

学歴〔年〕
東京帝大法科大学〔大正7年〕卒

経歴
司法官試補となり、刑事裁判官として昭和初期の重大事件を多く担当した。7年の血盟団事件では酒巻貞一郎裁判長辞任の後を受け、被告思想に理解を示した訴訟指揮で収拾し話題となった。河上肇の治安維持法違反事件では法廷で河上先生と呼んだことで知られる。また9年の帝人事件では無罪判決を下した。東京地方刑事地方裁判所長、蒙古連合自治政府司法部次長、東京控訴院部長、大審院判事を歴任敗戦を機に退官。弁護士となり、極東軍事裁判弁護団に加わり、星野直樹を担当。27年公安調査庁発足と共に初代長官となった。37年まで10年間在職、退官後は再び弁護士に戻った。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「藤井五一郎」の解説

藤井五一郎 ふじい-ごいちろう

1892-1969 大正-昭和時代の裁判官,官僚
明治25年11月1日生まれ。東京地裁判事となり,裁判長として昭和初期の河上肇(はじめ)の治安維持法違反事件では実刑を,血盟団事件では温情判決を,帝人事件では全員無罪をいいわたした。戦後は弁護士をへて27年公安調査庁の初代長官となった。昭和44年10月29日死去。76歳。山口県出身。東京帝大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む