藤原信隆(読み)ふじわらの のぶたか

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「藤原信隆」の解説

藤原信隆 ふじわらの-のぶたか

1126-1179 平安時代後期の公卿(くぎょう)。
大治(だいじ)元年生まれ。右京大夫藤原信輔の子。母は伯耆守(ほうきのかみ)橘家光の娘。後白河上皇近臣となり,平頼盛らと上皇皇子(高倉天皇)を皇太子に擁立することをくわだて因幡(いなばの)守・右馬頭(うまのかみ)を解任される。ゆるされて伊予(いよの)守,修理大夫。仁安(にんあん)3年従三位。娘殖子(しょくし)は後鳥羽(ごとば)天皇の母。治承(じしょう)3年11月17日死去。54歳。贈左大臣従一位。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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