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藤原宗能 ふじわらの むねよし

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原宗能 ふじわらの-むねよし

1085-1170 平安時代後期の公卿(くぎょう)。
応徳2年生まれ。藤原宗忠の長男。母は藤原行房の娘。天承元年(1131)参議となり,検非違使(けびいしの)別当,皇太后宮大夫などをかねた。正二位にすすみ,応保元年(1161)内大臣中御門(なかみかど)内府と称される。嘉応(かおう)2年2月11日死去。86歳。初名は宗隆。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

藤原宗能

没年:嘉応2.2.11(1170.2.28)
生年:応徳2(1085)
平安時代の公卿。号は中御門内大臣。本名宗隆。右大臣宗忠と藤原行房の娘の子。嘉保1(1094)年弟たちと共に堀河天皇に拝謁し,藤原行成の書を賜る。左中将,蔵人頭,参議などを経て応保1(1161)年内大臣。長寛2(1164)年辞す。父から家に伝わる儀式の作法を伝授され,当時の有識者として,中山(藤原)忠親,九条兼実らが教えを受けており,兼実は日記『玉葉』に宗能の死を惜しむ言葉を記している。また音楽にも優れていた。日記『中内記』がある。<参考文献>高群逸枝『平安鎌倉室町家族の研究』,戸田芳美『中右記』

(吉田早苗)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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