11世紀末から13世紀末にかけて,オック語(南フランス)の作品を創り出した詩人兼作曲家の総称。オック語でトロバドールtrobador。trobar(新しいもの(詩,曲)を作る)の派生語である。現在わかっている最古のトルバドゥールは,国王よりも広大な領地の宗主アキテーヌ公9世,ポアティエ伯7世のギヨームである。王侯,領主,司教,高位聖職者から庶民にいたるまで,トルバドゥールの出身社会層は多岐にわたるが,彼らは本質的に宮廷芸術家,それも創作家であって,社会的評価が低い旅芸人,それも演奏家のジョングルールとは原則的に区別されねばならない。
トルバドゥールが繰り返し歌ったのは〈至純の愛fin'amor〉であった。すなわち,それはJ.フラピエによれば,(1)多くは人妻に対する愛であって,夫婦間には存在しない,(2)愛の対象となる女性は貴族であり,多くは上層の貴婦人であるから,彼女への奉仕は臣下の主君に対する性格を帯びる,(3)盲目的ないし宿命的な恋ではなく,意志と理性によって選択された優れた女性に対する思慕である,(4)女性の名は口外してはならない,(5)この恋は容易に充足されてはならず,不在と障害によって強化されねばならない,(6)愛する者は一定の手順・戒律に従わねばならない,というものであった。基本的に男性尊重,女性蔑視の中世にあっては,きわめて異例の発想であり,後代への影響の深さを考えるとき,〈愛は12世紀の発明である〉(C.セニョボス)という評言は必ずしも誇張とはいえない。
この新しい愛を歌うのに,トルバドゥールの重用した詩型はカンソcanso(オイル語(北フランス)のシャンソン)であった。これは原則として8音綴の詩行8からなる詩節を5~7連ねた定型詩であって,最終詩節を短い反歌で締めくくる場合もある。脚韻と単語のアクセントが節目となっているが,いずれも旋律にのせて歌われた。現在〈歌曲集〉写本に残っている旋律の数は264,保存された詩の約10分の1である。今日の記譜法と異なるため,音の高低はともかく長短がはっきりつかめないが,メリスマ唱法でゆったりとしたテンポで歌われたらしい。アラブ音楽の影響よりは,公教会の典礼歌や準典礼歌(例えばリモージュのサン・マルシアル教会写本のベルススVersus)の影響を重視する学説が有力である。定型詩カンソは,すでに最古のトルバドゥール,ギヨーム9世の作品の中で完成度を示しているため,先駆的試みが多々あったに違いないが,それらはいっさい伝わっていない。アラブ・アンダルシアの〈ザジャル詩節〉の影響をよみとる学説は,初期のトルバドゥールについては説得性があるが,音楽的構造に差異のありすぎることが難点である。詩の内容(新しい愛の観念),詩型,旋律のそれぞれについて,中世ラテン詩・音楽の伝統と,スペインを介したアラブ詩・音楽の影響が,ある幸運な作用をおこして,独自のトルバドゥール芸術を生み出したと推定するほかはない。イタリアとスペインに地理的に近接し,文化的成熟度の高かったオック語圏フランス(いわゆる南フランス)にトルバドゥールが輩出したのは示唆的である。
トルバドゥールは年代順に次のグループに分類できるだろう。(1)1090-1170 前述のギヨーム9世のほか,〈はるかな愛〉で有名なリュデルJaufré Rudel,セルカモンCercamon,マルカブリュMarcabru(またはマルカブランMarcabrun)。晦渋(かいじゆう)な〈密閉体〉の始祖マルカブリュを除き,3人ともわかりやすい表現を用いた〈平明体〉の詩人である。(2)1170-1220 トルバドゥール芸術の黄金時代で,〈密閉体〉ないし,きわめて技巧的な〈芸術体〉を駆使した詩人として,ペール・ドーベルニュPeire d'Alvernhe,ランボー・ドランジュRaimbaut d'Orange,そしてダンテの賞賛したアルノー・ダニエルがあげられる。しかし平明でかつ最高の詩人・作曲家は,リムーザンのベルナール・ド・バンタドゥールBernard de Ventadourであった。彼の〈陽の光を浴びて雲雀(ひばり)は〉は最高傑作とされている。そのほか,ベルトラン・ド・ボルンBertrand de Born,女流のディ伯夫人,司教となったフーケ・ド・マルセイユらがいる。(3)1220-70 アルビジョア十字軍が南フランスを荒廃させた時期で,トルバドゥール芸術の変質が始まる。風刺詩人ペール・カルドナル,純潔な愛を歌ったギヨーム・モンタナゴールのほか,イタリアのソルデル,カタルニャのセルベリらがいる。(4)1270-1300 ナルボンヌやロデスの城館に細々と伝統の残った時期で,ギロー・リキエが代表的詩人である。
華やかに栄えたトルバドゥール芸術も,南フランスの宮廷・城館に大打撃を与えたアルビジョア十字軍と,それに続く異端裁判により衰えていくが,その影響はトルベールの北フランス,ダンテのイタリア,ミンネゼンガーのドイツ,アルフォンソ賢王のカスティリャ・レオン,ポルトガルなどに広まっていき,その波紋は今日にまで及んでいる。
なお,トルバドゥールは〈カンソ〉のほか,〈暁の歌〉や〈十字軍歌〉,詩論詩〈パルティメン〉〈テンソ〉,時局などを風刺する〈シルベンテス〉(修道僧モントードンが有名)にも手を染めた。また13世紀に作られた《トルバドゥール評伝》(詩人の伝記と作品の解題からなる)は,ヨーロッパ文学史で最初の文学評伝であり,史的信憑(しんぴよう)性は大いに疑わしいが,時代の精神風土を伝える貴重な証言である。
執筆者:新倉 俊一
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…しかし武人,政治家としての手腕は必ずしも芳しくなく,素行不良のかどで教皇から何度も破門処分にあうが,天才的詩人であった。現存11編の詩のうち,約半数は奔放ときに好色だが,残る半数は,すぐれた貴婦人に対する愛を歌い,トルバドゥールの始祖とされている。アリエノール・ダキテーヌは孫娘。…
…作法書というよりも生活指導書とでも呼ぶべきものが生み出されるゆえんであった。 オック語の世界では,トルバドゥールがEnsenhamen(〈教訓〉〈芸訓〉の意)の名で総称される詩のジャンルで,それぞれの社会階層でよい評判を得るための行動規範や,事をなすに当たっての慎重な配慮を強調する(アルノー・ド・マルイユ,ソルデル)。しかしながら,教育効果の最も期待できるのは若者(とりわけ騎士志願の)であるから,彼らを対象とした作品がつくられる。…
…古いものでは8世紀ごろ成立したイギリスの《ベーオウルフ》があり,北欧の〈エッダ〉と〈サガ〉,ドイツの《ニーベルンゲンの歌》などのゲルマン色の濃いものや,おそらくケルト系のアーサー王伝説群,それに,キリスト教徒の武勲詩の性格をもつフランスの《ローランの歌》,スペインの《わがシッドの歌》などが,いずれも12,13世紀ごろまでに成立する。抒情詩としては12世紀ごろから南仏で活動したトルバドゥールと呼ばれる詩人たちの恋愛歌や物語歌がジョングルールという芸人たちによって歌われ,北仏のトルベール,ドイツのミンネゼンガーなどに伝わって,貴族階級による優雅な宮廷抒情詩の流れを生むが,他方には舞踏歌,牧歌,お針歌などの形で奔放な生活感情を歌った民衆歌謡の流れがあり,これがリュトブフ(13世紀)の嘆き節を経て,中世最後の詩人といわれるフランソア・ビヨン(15世紀)につらなる。ほぼ同じ時期に最後の宮廷詩人シャルル・ドルレアンもいて,ともにバラードやロンドーといった定型詩の代表作を残した。…
…旋律を伴った作品の場合は,楽器の演奏も彼らが担当する。トルバドゥール,トルベールが宮廷芸術家,創作家であるのに対し,ジョングルールは演奏家であった(よく用いられる吟遊詩人というあいまいな呼称は,旅芸人である後者にむしろふさわしい)。ただし,両者の区別はあくまで原則的なものにとどまる。…
…二・三男ともなれば相続の可能性はまったくないから,なおさら放浪の旅に出て所領と妻を探すしか自分の運命を開拓する可能性はなかった。こうして14,15歳から25~30歳くらいの青年たちが,西欧のいたるところで放浪の生活を送っていたのであり,トルバドゥールの歌はまさにこれらの青年たちの運命を歌ったものなのである。結婚し,一家をかまえたとき彼らの旅の生活は終わる。…
…残された歌はすべて単旋歌であるが,歌唱に際しては,多くの場合,楽器がなんらかの役割を果たしていたことだろう。これらの歌は,いずれも,トルバドゥールのフーケ・ド・マルセーユ(フォルケ・ド・マルセリャ)が言い表したように,〈歌われない詩は,水の流れていない水車のようなものだ〉という考え方に基づいていた。詩の形式の一つにカンソcanso(歌)と呼ばれるものがあったが,日本の短歌が歌と呼ばれるのと一脈あい通じるところがある。…
…中世ラテン語のバラーレballare(踊る)に由来することが示すように,元来は南仏プロバンスに起源をもちロマンス語圏に広まった舞踏歌,すなわち輪舞の際に踊り手自身によって歌われたリフレインつきの有節歌謡をさした(プロバンス語ballada,イタリア語ballata)。これが吟遊詩人トルバドゥールによって芸術的に洗練され,14世紀に北フランスで厳格な形式をそなえた抒情詩の一形態となった。それは典型的には,8音綴詩句8行または10音綴詩句10行から成る同じ構造の3詩節(couplets)にその半分の行数の1反歌(envoi)がついたもので,各詩節および反歌の最終行は同一詩句のくりかえし(リフレイン)であり,各詩節の脚韻の踏み方は同一(8行では3種,10行では4種)で,反歌の脚韻は詩節後半のそれと同じである。…
…11世紀以降,国語によるといえる世俗音楽の二つのジャンルが発展する。一つは武勲詩,もう一つは南フランスのトルバドゥールによるオック語の歌である。後者は13世紀になると北のトルベールによるオイル語の歌にとってかわられる。…
※「トルバドゥール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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