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藤原歓子 ふじわらのかんし

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

藤原歓子
ふじわらのかんし

[生]治安1(1021)
[没]康和4(1102)
後冷泉天皇の皇后。教通の娘。別称,小野の后。永承2 (1047) 年入内し,治暦4 (68) 年皇后となった。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原歓子 ふじわらの-よしこ

ふじわらの-かんし

藤原歓子 ふじわらの-かんし

1021-1102 平安時代中期,後冷泉(ごれいぜい)天皇の皇后。
治安(じあん)元年生まれ。藤原教通(のりみち)の3女。母は藤原公任(きんとう)の娘。永承3年女御(にょうご)となる。准三宮(じゅさんぐう)をへて治暦(じりゃく)4年(1068)皇后。ついで皇太后となるが出家し,小野の里に常寿院を建立。小野皇太后とよばれる。康和4年8月17日死去。82歳。名は「よしこ」ともよむ。

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朝日日本歴史人物事典の解説

藤原歓子

没年:康和4.8.17(1102.9.30)
生年:治安1(1021)
平安時代後期の後冷泉天皇皇后。小野后。「よしこ」とも。藤原教通と藤原公任娘の子。永承2(1047)年に入内。小柄で愛敬があり,琵琶をよくし,絵が上手で,特に男絵は絵師顔負けの腕前だった。永承3年女御となり,翌年皇子を死産。永承6年准三宮となる。治暦4(1068)年病に臥した天皇は4月16日に歓子を立后し,19日に死亡した。夫の死後,以前から滞在することのあった小野に堂舎を建て隠棲し,ひたすら仏法に専心した。康和4(1102)年5月ごろから病気がちになり,ひたすらに念仏を修し,西に向かって亡くなったという。

(京楽真帆子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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