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藤原隆忠 ふじわらの たかただ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原隆忠 ふじわらの-たかただ

1163-1245 平安後期-鎌倉時代の公卿(くぎょう)。
長寛元年生まれ。藤原基房(もとふさ)の長男。母は三条公教(きんのり)の娘。安元2年(1176)従三位。治承(じしょう)3年(1179)平清盛による父の配流にともない右近衛(うこんえの)中将を解任され,のち権(ごんの)中納言として復帰。従一位,左大臣にいたる。大覚寺左大臣とよばれた。寛元3年5月22日死去。83歳。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

藤原隆忠

没年:寛元3.5.22(1245.6.17)
生年長寛1(1163)
鎌倉前期の公卿。関白基房の子,母は藤原公教の娘。治承3(1179)年平清盛による父の大宰府配流のときに解官。寿永2(1183)年復官し,最終官位は左大臣・従一位。承久2(1220)年出家領地に因み大覚寺と号され,機知に富んだ逸話が『古今著聞集』に載っている。

(今村みゑ子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

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