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藻原荘 もはらのしょう

百科事典マイペディアの解説

藻原荘【もはらのしょう】

平安時代,上総(かずさ)国に置かれた奈良興福寺領の荘園。荘名は戦国期の藻原之郷,近世の茂原村に継承され,現在の千葉県茂原市街を中心とする一帯に比定される。もとは牧野で,777年上総国司となった藤原黒麻呂が領有していたが,のち開かれて荘園となり,子孫の春継・良尚・菅根と伝領された。

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世界大百科事典 第2版の解説

もはらのしょう【藻原荘】

平安時代,上総国にあった興福寺領の荘園。現在の千葉県茂原市域に比定される。ここはもと777年(宝亀8)上総国司となった藤原黒麻呂が領した牧で,のち原野が開田されて荘園となり,その子常陸介春継に伝領された。春継は常陸国の大目(だいさかん)坂上氏の女をめとって同荘に住み生涯を終えたが,その子良尚に遺言してこの地に墳墓をつくらせ,後世他人の地となって墓が踏み荒らされることがないように,同荘を興福寺に施入することを命じ,877年(元慶1)に死去した。

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