蜂須賀治昭(読み)はちすか はるあき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「蜂須賀治昭」の解説

蜂須賀治昭 はちすか-はるあき

1758*-1814 江戸時代中期-後期の大名。
宝暦7年11月24日生まれ。蜂須賀重喜(しげよし)の長男。明和6年(1769)阿波(あわ)徳島藩主蜂須賀家11代となる。大水害による藩財政の逼迫(ひっぱく)で倹約令をだし,藩士の禄を4年間6割に減じ,藩政改革にとりくむ。また佐野山陰に「阿波志」を編修させた。文化11年3月24日死去。58歳。初名は喜昭(よしあき)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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