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蜂須賀重喜 はちすか しげよし

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

蜂須賀重喜 はちすか-しげよし

1738-1801 江戸時代中期の大名。
元文3年2月27日生まれ。出羽(でわ)久保田新田藩(秋田県)藩主佐竹義道の4男。蜂須賀至央(よしひさ)の養子となり,宝暦4年(1754)阿波(あわ)徳島藩主蜂須賀家10代。9年ぜいたくを禁じ藩政の改革に着手したが失敗し,明和6年幕府から隠居を命じられる。茶の湯や陶芸をこのんだ。享和元年10月20日死去。64歳。幼名は岩五郎。

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世界大百科事典内の蜂須賀重喜の言及

【アイ(藍)】より

…葉藍取引税,藍師株の撤廃を要求)により藩の支配は大きく後退し,藍方御用場も廃止された。その後66年藩主蜂須賀重喜は藩政改革の一環として〈藍方役場〉(翌年〈藍方代官所〉と改称)を再興,その監督下で城下市中に藍玉売場(のち〈藍大市〉として盛況)を開設した。また藍師層と提携して大坂市場の直接掌握を図るなど積極的な国益政策を展開し,さらに享和~天保期(1801‐44)にかけて関東売場株,大坂ならびに畿内売場株の設定を皮切りにして31にのぼる全国売場株の成立をみた。…

【徳島藩】より

…阿波国(徳島県)名東郡徳島に藩庁を置いた外様大藩。1585年(天正13)蜂須賀家政が豊臣秀吉によって阿波一国(17万6000石)に封ぜられたのに始まる。1600年(慶長5)関ヶ原の戦では家政の子至鎮(よししげ)が東軍に属し,戦後徳川家康からあらためて阿波一国を与えられた。03年板野郡の赤松則房旧領1万石と毛利兵橘旧領1000石を加え,大坂の陣後,15年(元和1)には淡路国7万石余が加増されて,25万7000石の藩領域が確定し,廃藩置県まで持続した。…

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