袖島市弥(読み)そでしま いちや

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「袖島市弥」の解説

袖島市弥(2代) そでしま-いちや

?-? 江戸時代前期-中期歌舞伎役者
初代袖島市弥の門弟天和(てんな)元年(1681)大坂初舞台。貞享(じょうきょう)4年江戸中村座にでて,若女方として濡事(ぬれごと)をよくした。のち大坂にかえり初代坂田藤十郎の門弟となって坂田市弥と改名,花車方となる。宝永4年坂田政右衛門と改名し実悪に転じた。

袖島市弥(初代) そでしま-いちや

?-? 江戸時代前期の歌舞伎役者。
寛文-延宝(1661-81)のころ若女方として京坂で人気をえた。容姿にすぐれ,舞,拍子事に長じ,怨霊事(おんりょうごと)を得意とした。

袖島市弥(3代) そでしま-いちや

袖島源次(そでしま-げんじ)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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