コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

西原九兵衛 にしはら くへえ

2件 の用語解説(西原九兵衛の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

西原九兵衛 にしはら-くへえ

?-1839 江戸時代後期の商人。
信濃(しなの)(長野県)水内郡浅野村の地主。質商などをいとなみ,飯山藩御用をつとめて名字帯刀をゆるされる。天保(てんぽう)8年浅野(飯山)騒動とよばれる百姓一揆(いっき)の首謀者として捕らえられ,10年1月26日処刑された。処刑の理由として,藩当局が藩や藩士の借金の帳消しをはかったとする説もある。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

西原九兵衛

没年:天保10.1.26(1839.3.11)
生年:天明4?(1784)
江戸後期,信濃国(長野県)飯山藩領で起こった百姓一揆の首謀者とされる人物。信濃水内郡浅野村生まれ。飯山藩御用達商人で苗字・帯刀御免,古屋または油屋と号し,小間物,太物,水油を商い,田畑200石余を所持していた。天保8(1837)年同村前庄屋の不正に端を発した一揆浅野騒動の頭取として獄門となる。九兵衛が獄門となったことについては,九兵衛無実説,村内同族間の対立抗争説,藩や藩士の借金の帳消しをはかったとする説などがある。近年子孫から,牢内からの書状や江戸寛永寺林光院を通じた赦免運動の史料などが公開された。九兵衛地蔵がある。<参考文献>『新編信濃史料叢書』

(小椋喜一郎)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

西原九兵衛の関連キーワード信濃飯山信濃路佐久間安次(1)佐久間安長本多助実本多助寵本多助受本多助有本多康明

今日のキーワード

プレミアムフライデー

経済産業省と日本経済団体連合会などの経済界の団体が個人消費を喚起するため、毎月末の金曜日に午後3時をめどに仕事を終えるよう企業に対応を呼びかけるキャンペーンの名称。2016年12月12日、政府と経済界...

続きを読む

コトバンク for iPhone