西大工町(読み)にしだいくまち

日本歴史地名大系 「西大工町」の解説

西大工町
にしだいくまち

[現在地名]弘前市西大工町

城の西側に位置し、あら町の西にあって、誓願せいがん寺に至る新町通と並行する南北道筋町並。西は駒越こまごし町に接する。

寛文一三年(一六七三)弘前中惣屋敷絵図(市立弘前図書館蔵)には、紺屋こんや町の新派町として町割され、六三軒余の町屋があり、うち空家が二四軒。延宝二年(一六七四)と天和二年(一六八二)の岩木川掘替工事によって、町内近隣の整備が進み、「津軽歴代記類」によれば「西大工町近辺之川原地、悉く町割となり」とある。


西大工町
にしだいくまち

[現在地名]中区えの町・さかい町二丁目

堺町三丁目を北に折れる道に沿う町で、北は広瀬ひろせ村内の榎町に出る。広瀬組に属したが「知新集」は堺町三丁目と結び町として一括して記す。同書に「この大工町むかしハ大工職のものはかり住ける故名つく、今もこのところの家ハすへて大工水役のミにて諸役銀をゆるさる」と記し、職人の集住した町として成立したことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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