西端山(読み)にしはばやま

日本歴史地名大系 「西端山」の解説

西端山
にしはばやま

[現在地名]貞光町端山

貞光村の南、貞光川中流域の山間にあり、東は東端山、南は一宇いちう(現一宇村)、西は半田口はんだくち山・半田奥はんだおく(現半田町)。東端山と合せて単に端山とも称した。この端山は古くは貞光山などともよばれ、貞光村(貞光谷)のうちであった。東・西の端山が貞光村から分れて三ヵ村となった時期について「蜂須賀治世記」は文禄年中(一五九二―九六)のこととするが、阿波国御政務日記(武田家文書)などによると、端山が東・西に分れたのは徳島藩士長坂三郎左衛門が端山に給地を与えられた元和年中(一六一五―二四)のことと推定される。天正一六年(一五八八)の定満谷年貢勘定目録帳(貞光町史)によると定満さだみつ(貞光谷)は板材・角材合せて三二八挺を年貢として上納しているが、この定満谷は貞光村と端山を合せた呼称と思われる。慶長七年(一六〇二)四月一八日の蜂須賀家政の定条々(徴古雑抄)によると、一宇山の南源六と「端山百姓等」との間で田地出入があり、端山の肝煎(西岡田家)と奥分(一宇奥山)の肝煎(南家)が入れ替っている。同一一年四月二二日、蜂須賀家政は「端々山」に対して竹木伐採・焼畑・百姓口論などを禁じた五ヵ条の定書(同書)を下している。なお端山は正保国絵図に「貞光村之内貞光山」、寛文四年(一六六四)郷村高辻帳で同村(貞光村)「山分」と記されるもの、いずれも高付はされていない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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