西野恵荘(読み)にしの えしょう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「西野恵荘」の解説

西野恵荘 にしの-えしょう

1780-1850 江戸時代後期の僧。
安永9年2月生まれ。近江(おうみ)西野村(滋賀県高月町)の真宗大谷派充満寺住職。余呉(よご)川の氾濫(はんらん)から村をまもるため,山に長さ250mの排水用トンネルをほることを提案。5年間の工事により,弘化(こうか)2年完成。水道は近江青の洞門とよばれる。嘉永(かえい)3年11月死去。71歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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