西野 辰吉
ニシノ タツキチ
昭和・平成期の小説家,評論家
- 生年
- 大正5(1916)年2月12日
- 没年
- 平成11(1999)年10月21日
- 出生地
- 北海道苫前郡初山別村
- 出身地
- 北海道深川市
- 学歴〔年〕
- 須麻馬内高小〔昭和5年〕卒
- 主な受賞名〔年〕
- 毎日出版文化賞〔昭和31年〕「秩父困民党」
- 経歴
- 高等小学校卒業後、足尾銅山雑役夫をし、昭和9年上京。築地魚河岸の人夫、歯医者の書生、業界新聞、出版社などを転々とし、その間創作の勉強をする。22年新日本文学会に参加し、23年共産党に入党。22年「廃帝トキヒト記」を発表し、以後進歩的な作家として活躍。以後「米系日人」「秩父困民党」「東方の人」などを発表し、31年「秩父困民党」で毎日出版文化賞を受賞。40年日本民主主義文学同盟を結成し、42年「民主文学」編集長となるが、44年退会。同年共産党も離党。他に「戦後文学覚え書」「異色の日本論」「東方の人」「石狩川紀行」「伊藤律伝説」、また児童書に「母のいる山」「栄冠の蔭」などがある。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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西野辰吉
にしのたつきち
(1916―1999)
小説家。北海道初山別(しょさんべつ)村の貧しい開拓農家に生まれ、小学校高等科卒業後、職業を転々とした。第二次世界大戦後、日本共産党に入党、新日本文学会員となる。『米系日人』(1952)が占領下の現実を描いて好評を博し、『秩父(ちちぶ)困民党』(1954~56)で毎日出版文化賞を受賞、『東方の人』(1966)では大逆事件、『挑発者』(1977)では昭和の革命運動の内部を描いた。日本民主主義文学同盟創設に参加したが、1969年(昭和44)に脱退、共産党から離党、『戦後文学覚え書』(1971)などを発表した。
[伊豆利彦]
『『秩父困民党』(1968・東邦出版)』
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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西野辰吉 にしの-たつきち
1916-1999 昭和後期-平成時代の小説家。
大正5年2月12日生まれ。さまざまな職業につき,戦後共産党に入党。新日本文学会会員をへて昭和40年日本民主主義文学同盟結成にくわわり,「民主文学」の編集長をつとめる。その間の31年歴史小説「秩父困民党」で毎日出版文化賞。のち共産党を離党。平成11年10月21日死去。83歳。北海道出身。作品はほかに「東方の人」「戦後文学覚え書」など。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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西野 辰吉 (にしの たつきち)
生年月日:1916年2月12日
昭和時代;平成時代の小説家;評論家。「民主文学」編集長
1999年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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