誉田城跡(読み)こんだじようあと

日本歴史地名大系 「誉田城跡」の解説

誉田城跡
こんだじようあと

南北朝時代から戦国時代にかけて史料上にみえる城郭。誉田にあったとみられるが遺構は確認されておらず、跡地は不明。東高野街道に近い誉田御廟山(こんだごびようやま)古墳を利用して築造されたとも伝える。「太平記」巻三五(京勢重南方発向事付仁木没落事)に「誉田ノ城」とみえ、楠木正儀らに攻め落されている。下って文明二年(一四七〇)八月三日、山城から大和へ入った畠山義就は部将誉田就康・遊佐就家を従えて大和竹内(たけのうち)に陣し、大和の国人を合流し河内に入った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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