日本歴史地名大系 「豆田井手」の解説 豆田井手まめだいで 佐賀県:三養基郡基山町野口村豆田井手[現在地名]基山町大字長野字野口秋光(あきみつ)川に築かれた野口(のぐち)村分にある井手(井堰)。長野(ながの)・奈良田(ならだ)両村と野口村との間になるが、野口村の豆田地区を灌漑しているので豆田井手という。築造年代不明。奈良田村・永吉(ながよし)村(現鳥栖(とす)市)へかかる前井手より一二八間川下にある。この井手の川下にも野口二井手・永吉村川原田(こうらだ)井手・藤(ふじ)ヶ瀬(せ)井手・日恵寺(ひえのてら)井手というように多くの井堰を築いて秋光川の水を取っているが、豆田井手からの水は筑後国小郡(おごおり)村(現福岡県小郡市)などをも灌漑していたことから、水不足の年には古来しばしば争論が起きた。元禄三年(一六九〇)、当時天領であった筑後国御原(みはら)郡福童(ふくどう)村(現福岡県小郡市)と筑後領(久留米藩)小郡村との間に水論が起きた。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by