貝俣島(読み)かいまたしま

日本歴史地名大系 「貝俣島」の解説

貝俣島
かいまたしま

中世にみえる島名で、浦部うらべ島のうち。現若松町域に比定される。正応二年(一二八九)三月四日の青方覚尋譲状案(青方文書、以下同文書)に「かいまたのしま」とみえ、覚尋は当地などを西境とする青方の浦部島地頭職を子の四郎(青方高家・覚念)に譲ったが、器量がないとして波佐見親平に譲り直している。永仁六年(一二九八)四月二四日「海俣」の沖で藤太郎入道忍恵の関東御分唐船が難破島の在津人百姓らや島々浦々の船頭らがこの破損した船から砂金・円金・水銀樽・珠・細絹・金銅・脛当・太刀・剃刀・蒔絵硯箱などの関東方々(北条氏一門や浄智寺方丈)の御物を運び取ったため、幕府は六月の義首座らの報告にもとづき、積荷の返還を志佐祝・奈留道仏に命じたが実行されなかったため、青方高家が行うよう命じている(同年六月二九日関東使者義首座注進状案・同年八月一八日対馬守某・武藤盛資連署施行状案など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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