赤井 三郎
アカイ サブロウ
昭和期の実業家 赤井電機社長。
- 生年
- 大正5(1916)年2月8日
- 没年
- 昭和48(1973)年12月24日
- 出生地
- 兵庫県
- 学歴〔年〕
- 東京工業専修学校〔昭和10年〕卒
- 経歴
- 小学校を出て養父が経営する赤井プレス工業に入り、昭和10年東京工業専修学校を卒業。戦時中、赤井プレスの後身・赤井電機が沢藤電機に吸収されたが、戦後の22年独立。28年赤井商事を設立、社長に就任。特許製品フォノモーターを開発、次いでテープレコーダーを開発。36年には赤井電機社長を兼任。輸出を中心に高級音響製品のトップメーカーとして43年東京証券取引所に上場、社員の高賃金が話題になった。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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赤井三郎 あかい-さぶろう
1916-1973 昭和時代後期の実業家。
大正5年2月8日生まれ。赤井電機の創業者赤井舛吉(ますきち)の養子。昭和28年赤井商事を設立,社長となる。36年赤井電機の社長を兼任し,高級音響製品で同社を急成長させた。昭和48年12月24日死去。57歳。兵庫県出身。東京工業専修学校卒。
【格言など】原因を極めないで対策はない(信条)
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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