赤城遺跡(読み)あかぎいせき

日本歴史地名大系 「赤城遺跡」の解説

赤城遺跡
あかぎいせき

[現在地名]川里村赤城

大宮台地の北方に広がる加須かぞ低地の西部に位置する。この地域は関東造盆地運動の結果、ローム台地が沖積土によって覆われている。調査は昭和五六年(一九八一)、同六〇年・六一年に実施された。遺跡の中心部は標高約一四メートルの台地部と比高約二・五メートルの低地部からなり、縄文時代後・晩期集落が低地部を望む緩斜面に弧状に発見された。竪穴式住居跡一六のほか土壙や柱穴群等が台地上にみられる。同六一年の調査は主として低地部分が対象となり、標高の最も低い部分からは竪穴状の遺構が検出された。珪藻化石により湿地環境にあったことがわかり、材とそれを支える杭によって構成された水辺の施設である。低地部と台地部の中間に位置する平坦面からは、完形土器集中地点と祭祀遺物集中地点が発掘された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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