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赤館城 あかだてじょう

日本の城がわかる事典の解説

あかだてじょう【赤館城】

福島県東白川郡棚倉町にあった中世の山城(やまじろ)。江戸時代初めに築城された棚倉城以前に存在していた城である。建武年間に赤館伊賀次郎が赤館城主であった記録があることから、この一帯を治めていた赤館氏が南北朝時代以前に築城したとされている。棚倉一帯は鎌倉時代初めに伊達氏の飛び地だったが、南北朝時代以降は白河結城氏の勢力圏となった。16世紀に入ると、赤館以南が佐竹氏の版図となり、赤館城は最前線の城となった。このころには赤館城周辺では激戦が繰り返された。1590年(天正18)、豊臣秀吉の奥州仕置により白川結城氏は改易となり、棚倉一帯は佐竹領となった。1600年(慶長5)の関ヶ原の戦いの後、佐竹氏は秋田に転封となり、棚倉は天領を経て、1609年(慶長14)には立花宗茂が5万石で入部して赤館城主となった。その後、1622年(元和8)に赤館城主となった丹羽長重は棚倉城(平城)の建設に着手し、同城完成後、居城を移して、赤館城は廃城となった。1627年(寛永4)には内藤信照が棚倉城主となり、内藤氏の藩主時代に城下町の整備が進んだ。赤館城は現在、赤館公園として整備されている。主郭の置かれた山頂は標高345m、比高約65mで、南北400m、東西300mの城域を有していた。郭(曲輪(くるわ))跡や土塁が比較的良好な状態で残っている。なお、同公園は桜の名所として知られている。東北自動車道白河IC から 車 で約45分、須賀川ICからは約50分。

出典|講談社日本の城がわかる事典について | 情報

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